眼識

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  安岡正篤一言一句の6日・7日です。7日は、ブログが書けないかもしれないので。
  人間というものは妙なもので、内省を深めるようになると中味ができてきますから、自ずから風采、態度が変わってくる。即ち大分できてきたなということがわかる。
 といってもわかるためにはこちらも即ち観る方にも学問がなければならぬ。学問をしなければ、人を観る目ができない、識見・眼識が生じない。あいつは財産 がなんぼあるとか、何の役をしておるとか、いうようなつまらないことは気づくが、人間そのものについては全くわからない。
 しかし学問をして、それがだんだん身についてくると、自然に本当のことがわかってくる。つまり人を観る目が違ってくるわけです。もっともしじゅうつき あっておると、なかなかわかりませんが、しばらくぶりに遭ったりすると、これは大分勉強したとか、あまり進歩しておらぬと、いう風に実に印象が新しくはっ きり致します。人に会うのも、そういう意味でよい勉強になります。

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このページは、宝徳 健が2006年6月 6日 00:02に書いたブログ記事です。

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