しばらく書いていないことに気づきました。すみません。毎週月曜日に書きます。
当時の宮中には、何千人という女性が太宗の生活のために仕えていました。絶対者である皇帝に跡継がなければ国が滅ぶからです。子孫を残すことも、皇帝の
仕事でした。時には一万人にものぼったといわれています。それはどう考えても無駄ですよね。たった一人の人間に何千人もの妻が必要なわけがありません。
太宗はこれをかわいそうと考え、三千人の宮女を家に帰しました。
でも、残念ながら、太宗の死後、唐の宮室にはまた多数の宮女が召しだされるようになりました。六代皇帝玄宗の代はそれがもとで乱が起きてきます。有名な
楊貴妃ですね。
さて、今日は「なぜ沈黙するのか」です。
「近頃、臣下のなかにとんと意見を申し述べる者が見当たらない。いったいどうしたことじゃ」
魏徴が答えました。
「陛下は虚心になって臣下の意見に耳を傾けてこられました。どしどし意見を申し述べる者があってしかるべきところです。古人も「信頼されていないの に諫言すれば、アラ探しばかりする奴だと思われる。しかし信頼されているのに諫言しないのは、禄盗人だ」と語っています。しかしながら、同じように沈黙を 守るにしても、人それぞれに理由が異なっています。意志の弱い者は、心で思っていても、口に出して言うことはできません。平素、お側に仕えたことがない者 は、信頼のないことを恐れて、めったなことを口にできません。また、地位に恋々としている者は、へたなことを口にしたらせっかくの地位を失うのではないか と、これまた積極的に発言しようとしません。皆がひたすら口を閉じて沈黙を守っているのは、これがためであります」
太宗が言った。
「まことにそなたの申すとおりだ。わたしはいつもそのことを反省している。臣下が君主を諌めるには、死を覚悟してかからなければならぬ。それは、刑 場に引き立てられたり、敵軍の只中に突入したりするのと、いささかの変わりもない。忠義の臣は、もともと諫言する意欲はあるのだが、それを実行する者がき わめて少ないのは、さような理由であろう。昔、聖天子の禹が、臣下から道理のあることばを聞くたびに、うやうやしく拝聴したのは、そのためであったにちが いない。私はこれからも広く胸襟を開いて諫言に耳を傾けるつもりである。どうかそちたちも、いらぬ心配をしないで、どしどし意見を述べてほしい」
【所感:宝徳(私見です。参考本とは関係ありません)】
この風通しの良い組織というのは、口で言うのは簡単ですが、やろうとすると大変なものです。上司と部下の両方によほどの度量がないとうまく行きません。
ひとついえることは、上司は一人、部下は数人であるということ。であれは、上司の考えていることを見抜く力が部下に求められます。上司の心を読み取った上
で、それにこちらの意見を当てはめることが大切です。そういう部下の言うことは上司はよく聞きます。上司は、ずぼしをさされたときに、それを受け入れる度
量があるかどうか。これが大切です。黙り込んだ会議、後で、ぐずぐず言う風土。合意していないことに合意したふりをすること。
よくあるこのようなシーンを経営者はどのように解決する環境整備をするか。永遠のそして常の課題ですね。
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