どの本よりわかりやすい南総里見八犬伝

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 敵の囲みを突破していくうちにバラバラになった五八犬士でした。

仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
 そのひとり犬田小文吾(いぬたのこぶんご)は、敵の囲みを突破しながら、三、四日後には、今の東京でいう阿佐ヶ谷のところまできました。西北には日暮里、湯島、神田の大地が夕日を浴びて連なり、南と来たには、宮戸川、隅田川、千住川が長々と横たわっています。
 
 行徳にもどって親の安否をたしかめようか、それとも別れ別れになった四人の友を探し回ろうか、心もみだれながら、ある一本道にさしかかりました。

 ふと向こうを見ると猪が突進してくるではありませんか、小文吾は驚きながらも、たけ狂う猪を素手で撃ち殺しました。なんちゅう強さ。やれやれ、大きな猪だと小文吾はそのまましばらく歩いて行くと、路の真中に手槍をにぎったまま仰向けに倒れている猟師がいました。さっきの猪を刺し損じて倒されたようです。小文吾はその男の口に水をふくませました。すると男は「う~ん」とうめいて目を開きました。

 この男はいったい誰なのでしょうか。つづく。

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このページは、宝徳 健が2010年3月 7日 07:32に書いたブログ記事です。

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