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昔々支那の国に、楚の国と斉の国がありました。
「いつになったら国に帰られるのか。このまま人質で終わってしまうと、本国は、他の者が王位についてしまうだろう」
楚の襄王(じょうおう)は、太子(皇太子)であったときに、斉の人質になっていた。楚と斉が戦争になれば、まっ先に殺されるのが人質であった。人質生活では、金もないし、女もいない。死と隣り合わせの緊張感だけが身を襲ってくるのであった。
そのとき、早馬が駆け込んできた。
「太子、太子、一大事でございます」
「どうしたというのじゃ」
「お・お父上の懐王(かいおう)がお亡くなりになられました」
「なんじゃと」
さて、太子は、国に帰って即位しなければならない。たくさんいる父の側室や、太子側に立っていない重臣たちは、太子が帰るのが遅れると、他の者を即位させてしまう。場合によっては、醜い内輪もめにも至るかもしれない。そんなことになったら、斉に楚を攻めさせる口実を与えてしまう。
太子は、斉王のもとを訪れた。
「斉王さま、父が亡くなりました。私の帰国をお許しください」
「ならぬ」
「斉王さま、どうすれば私が帰国できるかお教えください」
「そうじゃのう、東地五百里四方をくれるのなら、帰してしんぜよう。断るなら、帰すわけにはいかぬ」
「私には師傳(しふ:太子の教育係)がおります。相談してまいります」
太子が師傳に相談すると、師傳は言った。
「献上なさいませ。土地を惜しんで、亡くなられた王の葬儀に出ないというのは不義でございます」
太子は、楚王に約束し、帰国した。そして祖国で即位して襄王となった。
しばらくすると、斉の使者が東地を受け取るために楚にやってきた。 つづく。
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