このシリーズは右のカテゴリー「短編小説」に格納されています。
さて、源氏の平家追討という歴史の大事件が、いかにくだらない出来事から起こったかを紹介しましょう。 今回のことを書きたいがために、これまでの前置きがありました。これまでのこのシリーズを読まれていない方も、是非、今回の記事をお読みください。 前のシリーズも読みたくなりますよ。
「ほーほっほっほ~。どうじゃ、みなの者、この馬の名前は仲綱というのじゃ」
その瞬間に周りの人間から大きな笑いが起こった。軽蔑のまなざしとともに。
この馬は、見るからに誰もが欲しがる名馬であった。元の持ち主は、源頼政の長男仲綱である。
その名馬を時に権勢を誇る、平清盛の三男 宗盛がほしがった。仲綱は「馬は武士にとって大切なものだから、やるわけにはいけない」と断ったが、宗盛は権力をかさに来て奪おうとしたのだ。
頼政は仲綱に「馬のことぐらいで平家と争うな」と仲綱を諭し、馬を譲らせた。
ところが、こともあろうに、宗盛はその馬に「仲綱」という名前をつけて、仲綱に屈辱をあじあわせたのであった。
「われは、平治の乱のとき、源氏をうらぎってまで平家についた。そのしうちがこれか」
頼政は激怒した。
そのいきさつを知っている以仁王が、頼政を利用して、「平家追討の令旨」を発し、頼政を挙兵させたのであった。
この挙兵の結果は、以仁王も頼政も宇治で討たれ、失敗の終わる。
だが、この挙兵がきっかけで、諸国に雌伏す源氏が蜂起し、平家滅亡の端緒となったのであった。
人に恨みを抱かせると、必ず大きなしっぺ返しを受ける。「受けた恩は忘れずに、与えた恩はすぐに忘れ去る」人間の生き様の要諦である。
たった、馬の奪い合いが、平家滅亡の始まりであった。 おわり。
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