手にしたものは放さない

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 昨日の続きです。「離さない」ではなく「放さない」でした。すみません。本文をそのまま抜粋します。

 あなたは落選後、社会市民連合の代表となりましたが、口の利き方にはほとほとあきれていました。日ごろ手足となり応援してくれる年上の市会議員が事務所にきても、敬意を払おうとしない。だから話はちっとも和まない。要は処世術がないのだと思います。昔から、よく怒鳴っていました。そのくせ都合が悪くなると「田上く~ん」とすり寄ってくる。ひいき目に見ても、政治家としては修業が足りない。

 私も昔は「菅さんが衆院議員になれば秘書になるのはおれだ」と思っていました。でも、結果が出ないと責任をすぐに「あいつが悪い」と人のせいにする性格が嫌になり、次第に距離を置くようになりました。

 「菅が将来、もし首相になったら日本人を辞める」という仲間が周りに少なくなかったことを、ご存じないでしょう。

 そんなあながが首相になったのは国民にとっても不幸なことです。首相としての立ち居振る舞い、帝王学を学んだわけでもなく、たまたま時分のバイオリズムと世の中の周波数がかみ合ったからなれただけです。連休中、まだ多くの被災者が不便な生活を強いられている中であなたが家族で中華料理店に行ったというニュースがありましたが、出前を取ればいい話です。

  何を言われようと気にしない人だからしようがないけど、国民の生活が菅さんに「人質」に取られているように思えてくる。私だったら、自分の存在が果たして国民のためになっているのかを沈思黙考し、良心の呵責に耐えかねてすぐにでも首相の座は降りるんですけどね・・・。

(おわり)

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このページは、宝徳 健が2011年6月 8日 11:26に書いたブログ記事です。

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