誰にでもわかる大東亜戦争の真実

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  このシリーズは右のカテゴリー「日本の正しい歴史」に格納されています。東京裁判が成り立たなくなるためGHQ総司令官 ダグラス・マッカーサーが闇に 葬った「東條英機宣誓供述書」を解説し、大東亜戦争が侵略戦争などではなかったという、至極当たり前のことを証明しています。  さあ、いよいよ開戦です。東條英機宣誓供述書では、一一〇重臣懇談会という内容になっています。木戸日記が登場しています。

 前回まで、バチカンを利用したら開戦は避けられた可能性をみました。

 あの戦争で日本は、アメリカのコテンパンにやられたように教えられてきましたが、勝機はいくつもありました。今日は、そのひとつを。
 それは、英国の脱落を図ることでした。東条英機は、この「宣誓供述書」で、「敗戦を覚悟するも開戦はやむを得ず」と書いています。とにかく日本は追い詰められていました。でも、勝つ自信はありませんでした。

 となれば、本来は国家がとる道は、戦争ではなく、外交です。または日露戦争の指導者たちのように、どうやって早く終わらせるかです。ここが昭和の戦争指導者のだめなとこでした。

 でも、みなさん、考えてみてください。こんな追い詰められた国がやった戦争が、「侵略戦争」ですか??? この事実がわからない人がいるというのが、私には不思議でなりません。一体、あの戦争が侵略戦争だと思っている人の頭を割ってみてみたいぐらいです。まあ、「敗戦利得者」という人たちがいて、「侵略戦争だ」と言っているともうかるんですね。朝日新聞とか。それに、みなさんがだまされているだけです。

 でも、東条英機も、この「宣誓供述書」で「政略両略を尽くしてまず重慶政権および英国の脱落を図る」と書いています。

 これは、あながち夢ではありませんでした。日本のあの戦争における勝機は、三度ありました。その三度の勝機をものにしていれば、英国の脱落は図れました。明治の指導者たちなら、大東亜戦争を勝利に導いていたでしょう。
 次回に続きます。

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このページは、宝徳 健が2011年7月22日 10:49に書いたブログ記事です。

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