誰にでもわかる大東亜戦争の真実

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 東京裁判が成り立たなくなるためGHQ総司令官 ダグラス・マッカーサーが闇に葬った「東條英機宣誓供述書」を解説し、大東亜戦争が侵略戦争などではなかったという、至極当たり前のことを証明しています。 125宣戦詔書に天皇が手を加えられた二箇所です。
 日本は十一月二十六日に米国に信じられないハル・ノートをつきつけられました。この内容は事実上の宣戦布告です。十一月二十九日には宣戦詔書の起草に着手しました。十二月六日までに草案が確定し、七日に天皇陛下にお見せしました。

 その文案は、陛下の特別の希望により、二点修正しています。「希望」によりです。天皇に政治判断をする権利はないからです。

 そのひとつは、「今ヤ不幸ニシテ米英両国ト戦端を開クニ至ル洵(マコト)ニ已ムヲ得ザルモノアリ豈(アニ)朕ガ志ナラムヤ」です。自分の本来の意図があるわけではないということです。これを天皇の強い希望で加えられました。これには反対がありました。天皇が戦争を反対しているように取られては士気にかかわるのではないかということですが、陛下のご意思が通りました。

 もうひとつが、「皇道ノ大義ヲ中外ニ宣揚センコトヲ期ス」とあったのを、陛下のご希望で「帝国ノ光栄ヲ保全センコトヲ期ス」としました。これは日本の面子は守るということを意味します。皇道の大義を中外に宣揚するなどという大きな話で威張るのではなく、日本は辱められてへいこらする民族ではないという意味です。

 東京裁判の弁護人 滝川政次郎博士も述べているように、ハル・ノートを突きつけても戦争をしてこないのではないかという考え方がアメリカにあったとしたら、有色人種は白人が脅せば結局言うことを聞くという思い上がりとしか思えません。ハル・ノートを突きつけられたら、モナコやルクセンブルグでも銃をもって立ち上がるだろうということを、アメリカ人の歴史家 アルバート・J・ノックものべています。これは東京裁判のインド人裁判官パル判事も引用しています。

 白人同士の発想でいけば、ハル・ノートはまがいもなき宣戦布告です。宣戦布告でないなどというのは通用しません。それでも宣戦布告でないと言い張るとすれば、それは人種差別でしかありません。

 ドイツが戦争を起こしたのは、第一次大戦後の他国のドイツに対する処置の誤りです。経済学者ケインズが、このときの処理に対し、その後のドイツを見事に予測しています。結果ケインズの言うとおりになりました。

 日本が戦争に引きずり込まれたのは、人種差別からです。

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このページは、宝徳 健が2012年1月 6日 06:22に書いたブログ記事です。

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