百人一首 11

| コメント(0) | トラックバック(0)
 今日、ご紹介する参議篁(さんぎたかむら)という男は、なかなか骨のある人物です。

わた原の 八十島(やそしま)かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまの釣り舟
 参議篁と申し上げましたが、本名は小野篁です。彼は遣唐使のひとりとして選ばれました。ところが、出発寸前になって、一団のリーダーである藤原常嗣(つねつぐ)ともめて、面白くないことから仮病を使って船に乗らなかったのです。

 さらに腹いせに「西道謡(せいどうのうた)」をつくって遣唐使を風刺することまでやりました。なので、時の権力者嵯峨上皇の怒りに触れて、隠岐へ流されてしまいました。

 この歌は、篁が隠岐へ向かう途中で詠んだものです。

「おい、漁師の釣り船よ。都にいるあの人に伝えてくれ。俺は大海原のたくさんの島を目指して、船で漕ぎ出していったよと」

 男らしい人ですね。不平不満や愚痴は一切云っていません。「人には告げよ」は、女々しさのかけらもなく、堂々と流されていったとの宣言ともとれます。

 篁は後に許されて都に帰還します。参議篁の参議は、その時に得た高位の役職です。

 こういう骨のある人なので、篁は人気者になり、彼を主人公とした「篁物語」もできました。

今ここに よみがえりつつ 訴えつつ 古代の読み手の 力強さが

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/5158

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2014年1月23日 01:30に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「尊敬する方の死を悼む(皇紀二千六百七十四年一月二十日の日誌)」です。

次のブログ記事は「能く人の言を受くる者」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。