百人一首 3

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 どうでしょうか? 百人一首シリーズは? 新古今などからとられた歌が多いのですが、大好きな正岡子規は、この新古今和歌集を、ぼろくそに云っています(笑)。

 でも、なんだか百人一首は好きなんですよね~。
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかもねむ

「山鳥の尾の、長く長く垂れ下がった尾っぽのように長い夜を  (想い人にも逢えないで)独りさびしく寝ることだろうか」

 「あしびきの」は、山に関係した枕詞です。この歌の優れた一つに、「あしびきの」と來るとたいてい次の言葉を「山」と連想するのですが、それを「山鳥」として意表をついているところにあります。

 また、「~の」を繰り返しています。和歌ではよく見られるのですが、文法よりもリズムを大切にするところがあります。今の学校の試験だったらバツですね。

 山鳥は、オスとメスが離れて寝る習性があることも昔の人は知っています。だからこんな和歌が詠めます。現代人ってつまらないですね。ITで遊ぶより、こういう智慧の遊びの方が素敵です。

 「尾」も雄につなげています。山鳥で尾が長いのは雄なので。夜の長さとかけています。

 これだけの歌はなかなかないのでは。

 いいよね~。彼女が出来たら、この歌を贈ろうかなあ。なんて、この年では無理ですね。

 秋の夜は長い。長くて長くて時間を持て余す。考えるのは、あの日出会った美しいあなたのこと。いったいあなたは今ごろ何を考えているのだろう。他の誰かと閨をともにしているんじゃないだろうか。夜は長く、いつまでも明けない。長~い長~い、山鳥の雄のように長い夜。今夜もひとり寂しく眠るのだろうか。

 いいですね~。最初に和歌を勉強し始めた時、昔の人は、恋ばかりして暇だったんじゃないだろうか?和歌とは女性を口説く道具だったのだろうか? と思ったことがありました。 平安時代はそれだけ平和だったということです。他國の古代でこれだけ平和だった時はあるのでしょうか?

 それに、女性を口説くときに、こういう口説き方をできるというのはとても素敵ですよね。

 この歌の作者、柿本人麿は、705年ごろに石見の国司として赴任し、そこで亡くなっ
たといわれています。石見の国は現在の島根県の西の端、益田市にあります。ここに
柿本神社があります。
 ファイル:Takatsu Kakinomoto Jinja Haiden.jpg

 柿本神社はいろいろなところにあります。よく仕事で行く明石にもあります。

 明石城主だった小笠原忠政が、柿本人麻呂を崇拝していて、1602年にこの神社を祀りました。明石で詠まれた歌もあります。

天離る 夷の長通ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ



 我が國の和歌は素敵です。

 では、拙首です。

お父さん これどう思ふ との問ひもらう 年の初めの 至福の時間

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このページは、宝徳 健が2014年1月 6日 04:06に書いたブログ記事です。

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