三島由紀夫の不朽の名作「金閣寺」を通して、正しい日本語を學習してゐます。
有爲子一人が、石灰石の百五段の石段を昇つて行つら。狂人のやうに誇らしく。・・・・・黒い洋服と黑い髪のあひだに、美しい横顔だけが白い。
月や星や、夜の雲や、鉾杉の稜線で空に接した山や、まだらの月かげや、しらじらとうかぶ建築や、かういふもののうちに、有爲子の裏切りの澄明な美しさは私を酔はせた。彼女は孤りで、胸を張つて、この白い石段を昇つてゆく資格があつた。その裏切りは、星や月や鉾杉を同じものだつた。つまり、われわれ證人と一緒にこの世界に住み、この自然を受け容れることだつた。彼女はわれわれの代表者として、そこを昇つて行つたのである。
息をはずませて、私はかう思はずにはゐられなかつた。
「裏切ることによつて、たうとう彼女は、俺も受け容れるたんだ。彼女は今こそ俺のものなんだ」
・・・・・事件といふものは、われわれの記憶の中から、或る地點で失墜する。百五段の苔蒸した石段を昇つてゆく有爲子はまだ眼前にある。彼女は、永久にその石段を昇つてゆくやうに思はれる。
月や星や、夜の雲や、鉾杉の稜線で空に接した山や、まだらの月かげや、しらじらとうかぶ建築や、かういふもののうちに、有爲子の裏切りの澄明な美しさは私を酔はせた。彼女は孤りで、胸を張つて、この白い石段を昇つてゆく資格があつた。その裏切りは、星や月や鉾杉を同じものだつた。つまり、われわれ證人と一緒にこの世界に住み、この自然を受け容れることだつた。彼女はわれわれの代表者として、そこを昇つて行つたのである。
息をはずませて、私はかう思はずにはゐられなかつた。
「裏切ることによつて、たうとう彼女は、俺も受け容れるたんだ。彼女は今こそ俺のものなんだ」
・・・・・事件といふものは、われわれの記憶の中から、或る地點で失墜する。百五段の苔蒸した石段を昇つてゆく有爲子はまだ眼前にある。彼女は、永久にその石段を昇つてゆくやうに思はれる。
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