つづきです。
鶴川と私とのあひだには、夏のはげしい直射日光がある。鶴川の若い顔は脂に照りかがやき、光の中に睫を一本一本金いろに燃え立たせ、鼻孔をむしむしする熱氣にひろげて、私の言葉の終るのを待つてゐる。
私は言ひ了つた。言ひ了ると同時に怒りにかられた。鶴川ははじめて會つてから今まで一度も私の吃りをからかはうとしないのだ。
「なんで」
私はさう詰問した。同情よりも、嘲笑や侮蔑のはうがずつと私の氣に入ることは、再々述べたとほりである。
鶴川はえもいはれぬやさしい笑顔をうかべた。そしてかう言つた。
「だつた僕、そんなことはちつとも氣にならない性質(たち)なんだよ」
私は愕いた。田舎の荒つぽい環境で育つた私は、この種の優しさを知らなかつた。私といふ存在から吃りを差引いて、なほ私でありうるといふ發見を、鶴川のやさしさが私に敎へた。私はすつぱりと裸かにされた快さを隈なく味はつた。鶴川の長い睫にふちどられら目は、私から吃りだけを漉し取つて、私を受け容れてゐた、それまでの私はといへば、吃りであることを無視されることは、それがそのまま、私といふ存在を抹殺されることだ、と奇妙に信じ込んでゐたのだから。
私は言ひ了つた。言ひ了ると同時に怒りにかられた。鶴川ははじめて會つてから今まで一度も私の吃りをからかはうとしないのだ。
「なんで」
私はさう詰問した。同情よりも、嘲笑や侮蔑のはうがずつと私の氣に入ることは、再々述べたとほりである。
鶴川はえもいはれぬやさしい笑顔をうかべた。そしてかう言つた。
「だつた僕、そんなことはちつとも氣にならない性質(たち)なんだよ」
私は愕いた。田舎の荒つぽい環境で育つた私は、この種の優しさを知らなかつた。私といふ存在から吃りを差引いて、なほ私でありうるといふ發見を、鶴川のやさしさが私に敎へた。私はすつぱりと裸かにされた快さを隈なく味はつた。鶴川の長い睫にふちどられら目は、私から吃りだけを漉し取つて、私を受け容れてゐた、それまでの私はといへば、吃りであることを無視されることは、それがそのまま、私といふ存在を抹殺されることだ、と奇妙に信じ込んでゐたのだから。
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