つづきです。
私に、人間的關心の希薄だつたことは前にも述べたとほりである。父の死も、母の貧窮も、ほとんど私の内面生活を左右しなかつた。私はただ災禍を、大破局を、人間的規模を絶した悲劇を、人間も物質も、醜いものも美しいものも、おしなべて同一の条件下に押しつぶしてしまふ巨大な天の壓搾機にやうなものを夢みてゐた。ともすると早春の空のただならぬ燦きは、地上をおほふほと巨きな斧の光のやうにも思はれた。私はただその落下を待つた。考へる暇も與へないほどすみやかな落下を。
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