今日から第三章です。
父の一周忌が來た。母は不思議なことを考へ出した。勤勞動員中の私の歸郷がむづかしいことから、母自身が父の位牌を持つて上洛して、田山道詮和尚の讀經を、舊友の命日にほんの數分間でも上げてもらはうと考へたのである。もとより金はなく、ただお情けに縋つて、和尚に手紙を寄越した。和尚は承諾した。そしてその旨を私にも傳へた。
私はそのしらせを喜ばしい氣持ちで聽かなかつた。今まで、故意に母について、筆を省いて來たのには理由がある。母の事にはあまり觸れたくない氣持ちがあるからだ。
私は有る事件について、一言も母を責めたことがない。口に出したことがない。母もおそらく、私がそれを知つてゐることに氣づいてゐないのではないかと思はれる。しかしあれ以來、私の心は母を恕(ゆる)してゐないのである。
私はそのしらせを喜ばしい氣持ちで聽かなかつた。今まで、故意に母について、筆を省いて來たのには理由がある。母の事にはあまり觸れたくない氣持ちがあるからだ。
私は有る事件について、一言も母を責めたことがない。口に出したことがない。母もおそらく、私がそれを知つてゐることに氣づいてゐないのではないかと思はれる。しかしあれ以來、私の心は母を恕(ゆる)してゐないのである。
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