凛として 四十六

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 リタが亡くなりました。
「リタがついにこうなってしまったよ」

 弱音を吐いたことのない政孝が泣いた。工藤も声を上げて泣いた。

 政孝はこの後二日間、葬式の準備も威に任せたまま部屋に閉じこもっていた。火葬場にも行かなかった。

 リタの墓は、余市蒸留所を見下ろす美園街の墓地に建てられた。政孝はその時、自分の名前も一緒に刻んだ。あとは日付を入れればいいようにして。

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このページは、宝徳 健が2014年11月30日 09:57に書いたブログ記事です。

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