三島由紀夫とは、さすがにすごい作家ですね。この難しい局面を見事な表現で讀者をひきつけてゐます。つづきです。
蚊帳は風を孕みかけては、風を爐して、不本意に揺れてゐた。だから吹き寄せられる蚊帳の形は、風の忠實な形ではなくて、風が頽れて、稜角をなくしてゐた。疉を笹の葉ようやうに擦る音は、蚊帳の裾がたててゐる音であつた。しかし風が立てるのではない動きが蚊帳に傳はつた。風よりも微細な動き、蚊帳全體に漣(さざなみ)のやうにひろがつ動き、それが粗い布地をひきつらせ、内側から見た大きな蚊帳の一面を、不安の漲った湖のおもてのやうにしてゐた。湖の上の遠い船の蹴立てて來る波の千達、あるひはすでにすぎさつた船の餘波(なごり)の遠い反映・・・。
私はおそるおそる目をその源のはうへ向けた。すると闇のなかにみひらいた自分の目の蕊(ずい)を、錐で突き刺されるやうな氣がした。
私はおそるおそる目をその源のはうへ向けた。すると闇のなかにみひらいた自分の目の蕊(ずい)を、錐で突き刺されるやうな氣がした。
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