凛として 五十一

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 三十六年一月、妻のリタが亡くなった。
 その喪失感から政孝を救ったものもウイスキーだった。息子の威と貯蔵庫にこもりテイスティングを繰り返し翌年、新作「スーパーニッカ」を発表する。七百二十ミリリットルで三千円。大卒初任給の五分の一という高級品。余市蒸留所でつくった原酒からえりすぐってブレンドした自信作だった。翌年には二級の「ハイニッカ」を発売。どちらも評判が良く、「ニッカ」は全国ブランドへと成長していく。

 昭和四十二年、入社二十二年目の工藤光家は政孝と、仙台の奥座敷と呼ばれる作並温泉の近くの川のほとりを歩いていた。

 政孝は工藤に、「ちょっと、その川の水をくんでこい」と命じた。

 工藤が水を渡すと、香りを確かめ、ブラックニッカの小ビンを取りだし水割りにして飲んだ。「うまい!ここにしよう」

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このページは、宝徳 健が2014年12月 7日 07:38に書いたブログ記事です。

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