昨日、帰省した息子と話しました。私は、彼に対して抵抗力がマイナスです。何かをねだられるとそれを聞いてしまふでせう。もつとも彼は、本以外はねだりませんが。
彼と話をしてゐても、慰安婦の問題は出てきませんでした。語るに足りないといふことなのでせう。まだ何も結果が出てゐないのに、ガタガタわめく似非保守から脱皮しませう。
稲田朋美が、おかしいですね。
今更「年末の目標」はないでしょう(笑)。それとたった四日間しかありません(明日から、三日まで休みます:獨立してから年末年始にこんなに休むのは初めてです)。
でもまあ、氣が緩まないやうに。
實は、一昨日、徹夜仕事をしました。まだ、徹夜はとても怖かつたのですが、今囘は、やつてみて、前と同じ感覺でした。やった!できる!
これで仕事のペースが戻ります。よかった。
繰り返しておきますが、このシリーズ(あまり書いてゐませんが)は、「多くの」といふ言葉が着きます。そして、そのほとんどが「多くの」醫者を意味します。
醫療業界の發展を阻害しているのは、間違いなく「多くの(今後この言葉は書きませんが)」醫者です。しかしながら、世間一般が、醫者を、その實際の價値以上に髙く評價しすぎてゐるのが現状です。この價値と評價の、大きなギャップが、他の業界では絶對に認められない常識を平氣でないがしろにします。
來年、開館五十周年を迎へる出光美術館の記念展示會 第四弾です。
出光美術館が、來年開館五十周年を迎へます。昨年だったかな?一昨年だったかな?出光美術館が新たな美術品を購入しないと發表しました。美術界は「出光が美術品を賈はなくなつた」と大騒ぎになりました。贅沢はいけませんが、歴史と文化を見つめる眼は、どんなに經營環境が變はつても持ち續けてもらひたいものです。
さて、第三弾を紹介します。來年の六月十八日~七月十七日までです。
さあ、仕事のまとめに入ります。年内にどこまでできるか。
それにしても、數日前までの産經新聞はひどかったですね。産經は時々かういふことをやります。産經にも左翼や創価学會が入り込んでいるのでせう。彼らは、いろいろな組織に入り込み、ねちねちといやらしいことをやります。
あの極惡非道のマッカーサーを賛美してゐました。マッカーサーがどれだけひどかつたかは、このブログで繰り返し述べてきましたので、本日は割愛しますが、騙されないようにしませう。メディアは醜い。どの新聞も最近のあのひどさはどうでせう。メディアに從事する人間のレベルがどんどん低下してゐるのでせうね。醜い。
さて、出光美術館が來年 開館五十周年を迎へます。シリーズで記念展示會が催されます。すべて觀に行きます。前囘は第一囘目を紹介しました。今日は、第二囘目を。
子供の頃、影踏みをして遊びませんでしたか? 私たちの子供の頃は、まだ我が國が貧しく、親は子供に十分なおもちゃなどを賈ひ與へることができませんでした。また、あのバカみたいなITなんかもありませんでした。
野球ゲームや人生ゲームを持つてゐる子供は英雄(笑)でした。
親も、「家の中で何をしてゐるの!子供は外で遊んでいらっしゃい!」と云ひました。
外に行つて樂むためには、自らが工夫して、遊びを創造するしかありませんでした。
古事記は、男女の構造の違ひと役割の違いを延々と述べてゐます。だから、我が國は、男女の役割をきちんと區別し、よき家族主義を構築した上で、世界で唯一 歴史が連續した國を創りました。
この「かうすれば平和な國家が續くんだよ」といふ祖先の遺言を最近、ないがしろにする輩が増えてこまります。
先の夫婦別姓制度もさうです。あの、愚かなる日經の春秋などは、夫婦別姓を肯定してゐました。家に名前が出來たのは明治以降だとかほざいて。家族主義といふことを無視して、ひとつの欠片(かけら)だけひろいあげて議論する。左翼の常とう手段です。
最高裁で、夫婦別姓に賛成した判事が5人もゐました。此の愚か者たちは、次の衆議院選挙の際の、國民審査で首にしませう。
さて、國會議員がこんな愚か者でいいのか。
今日は、天長節です。天皇誕生日ではきちんと歴史を理解することはできません。
敗戰前は、四方排、紀元節、明治節、天長節が四大節でした。
先日、父と息子と三人で會食をしました。父は、とてもうれしさうでした。
父は、孫となる私の息子に、これまでの寳德家のことを必死に傳へようとします。會ふ度に。息子の私では信用できないのでせうか(笑)。まあ、年を取つたときに、引き繼げる息子が適齢期だといふこともあるのでせう。父が傳へることは、私と息子が命を懸けて、次につないで行く使命があります。
今囘は、現段階で遡れることが可能なまでの祖先の話しでした。
出光美術館が來年開館五十周年を迎へます。
古今東西最高の經營者 出光佐三店主が日本の文化を守るため美術品の収集を始めました。敗戰後、莫大な借金を抱え、海外から引き揚げて來る數百人の社員を一人も首にしなかつたとき、財政難から一時そのコレクションを手放しましたが、その後また収集してゐます。
それはそれは素晴らしいコレクションがあります。來年は、その素晴らしさがシリーズで觀ることができます。毎囘必ず觀に行きます。
士魂商才が書けてゐません。申し譯ございません。年末年始に書いて、年明けすぐに皆さんにお届けします。年末年始で士魂商才のペースを取り戻します。書くのは二日ほどで書けるのですが、一氣に書かないとペースがつかめません。また、氣力が體中に充満しないと書けません。まだ、その氣力を支える體力が囘復してゐません。
さて、海上自衞隊に素晴らしい護衛艦があります。その名も「あきづき」。艦艇番號115です。帝國海軍から受け繼がれてゐる由緒ある名前です。
申し譯ございません。本日のブログはこれだけです。しかも、短いものです。
先日、父と息子と三人で、出光美術館に行き、その後、會食をしました。親子三代です。
以前からさうだつたのですが、父は、私の息子(孫)に、寳德家のこと、祖先のことなどをつなごうつなごうとします。息子の私では心配なのかしら(笑)。息子には十分傳へたといふ自信なのかしら?
今囘もさうでした。立派な資料を創つて、彼に説明してゐました。私の息子は、聞き上手です。そして、社會人になつて、以前とは比べものにならないぐらいに、明るくなりました。親が成長の邪魔をしてゐたのですね。
父が傳へやうとしてゐることを次囘からシリーズで紹介していきます。寳德家の歴史でもあります。
一年である時期になると就職協定記事のが、新聞を飾ります。
あっ、さうだ。マタハラも最近、よく新聞記事になります。いじめといふのは避けなければなりませんが、いつも思ふのが「優秀な確保しておきたい人材なら、妊娠したからと云つて辞めろとはいはないだらうな~」です。これ以上のコメントは差し控えます。
話を戻します。今は、ネットで學生が會社に申し込むやうです。
昨日は、赤穂浪士の討ち入りの日でした。かつては、この日になると、忠臣蔵がTVで放映されたものですが、今はさつぱりです。時代劇そのものがなくなりましたね。
さて、原子力規制委員會が、我が國を滅ぼさうとしてゐます。原子力規制委員會は、公正取引委員會と同じで、三条委員會と呼ばれるものです。総理大臣でさへ影響力を及ぼすことができません。
あの愚劣な菅が総理大臣の時につくつたものです。
これは、大和言葉に入るのかどうか自信がありませんが・・・。でも、大和言葉を使ふのは「乙なもの」ですね。なんて使ふと良いのでは。あれっ? では、どうして「甲なもの」ではなく「乙なもの」になつたのでせうか?
調べてみると定説は、ないやうです。といふか、これに関しては、バトルのやうな激論が交はされてゐます(笑)。そんなに力まなくても・・・。
よく、「頑張ります」といふ言葉を聞きます。「何を?」と聞き返したくなります。
企業現場で「明日は頑張ります」と言つて、次の日に頑張つた人を見たことがありません。明日頑張れるなら、なぜ、今日、頑張らないのか?
この「頑張る」といふのは「我を張る」が語源です。
もう、新聞を讀んだり、テレビを觀たり(觀ないのですが)するのが嫌になる報道ばかりです。ひとつは、昨日の記事の内容です。
そして、チャンピオンは消費税です。もj、二十九年四月に消費税を増税するのが既定路線だといふ報道ばかりです(消費増税は間違つた言葉。消費税増税です)。l
「不合理、不都合、鬱陶しさ」を乘り越えた時に、初めて自分に成長が訪れる。「慟哭の中にしか眞理はない」といふ言葉は、今の世相では通じないのでせうか(時代を超えたこの眞實が)。
そして、武士道には「惻隠の情(そくいんのじょう)」があります。嚴びしい中にもそつと、苦しい人に力を添へる。そして、その人に、そつと、氣を合はせてあげる。かつても出光も嚴びしかつたのですが、この惻隠の情がありました。どれだけそのことが助けになつたのかわからないほどです。
會社が嚴びしくても、周りの人が、この惻隠の情をその人に添へてあげなかつたのでせうか? ブラック企業といふよりも、その事を創造してゐないことに問題があります。
「當たる」といふ問題點・課題を解決・對應ひていく術よりも、「統べる」といふ人の心を汲み取り合ふことが大切です。そして、それが「シラス」といふ我が日本の國體です。
大和言葉には、そんな氣持ちがたくさん詰まつてゐます。悲しい、苦しい報道を觀るたびに、國體をないがしろにする、現代の私達が悲しくなつてしまひます。
私たちの時代、出光興産では、新入社員が入つたら上司は、親に手紙を書いてゐました。最初はガソリンスタンド勤務ですから、直營スタンドの主任が私の父にも、手紙を書きました。
すると父から主任に返事が來ました。そこにはかう書いてあつたさうです。
「自分が好きで入つた會社です。煮るなり燒くなり、好きにしてください」と。
うっへ~、昨日は、家で寢たら今朝は、寢坊してしまひました。起きたら六時・・・。
大和言葉もブログは、今日、昼休みにでも書きます。樂しみにしてくださつてゐる人が多いので。みんなで言霊が幸(さきは)ふ國を創りませうね。
學生時代は、岩波書店が出版した本をよく讀みました。でも、なんかすつきりしない感覺が殘つてばかりゐました。
ある美容室で、どうしても売上がなかなか向上しないスタイリストがゐました。技術は抜群です。でもあがらない。
どこかの縣が同性愛者を否定したら「差別だ」とメディアが騒いでゐました。
PMPといふ表現方法があります。
通常、よく行われてゐる人との會話では、「〇〇はいいけど、××はダメだから直してください」です。この「けど」が曲者です。この言葉を受け取つた相手は、否定された氣分になるでせう。イエス・バット法と云ひます。
これを一歩するめたのがイエス・アンド法です。「〇〇はいいね。だから××を直すともつとよくなりますよ」です。肯定が後に殘ります。
これをさらに進めたのがPNPです。
みなさん、お詫びしなければならないことがあります。
師走ですね。みなさん、體調を崩さず事故のないやうに素敵な新年を迎へませう。
私はテレビを觀ませんし、新聞のイベント欄も讀みません。會員になつてゐるのは伊勢神宮、橿原神宮、宗像大社、靖國神社、唐招提寺などなどです。タウン誌もパラパラと目を通すぐらいです。
なので、大切なイベント情報を見逃すことがあります。見世物小屋の藝能人なんかのイベントなどはどうでもいいのですが、今囘も・・・。