昼休み~。今日から三日間、たくさん仕事をします。訪問予定が(今のところ)ないので、普段できないこと、たまつてしまつてゐることなどを。酒は飲みません。途中小浜に行きますが、それでも事務所でコツコツやります。
さて、昼休みになつたのでブログをひとつ。
憲法といふ名の文章でしかない 邪敎 日本國憲法 第九条について。結論から申し上げますと、池田内閣までは、内閣法制局が解釈を何度も變更することによつて。この九条を骨抜きにしてきました。そして、與黨も、野當(あの共産黨でさえ)も、米軍撤退及び我が國の自主防衞といふ目標を持つてゐました。
だから、一貫して「集團的自衞權は、保有するけれども行使できないといふ解釈」は變はつてゐないといふのは全くの嘘です。
さて、では、この先人の努力を無にしたのは誰でせうか。
さて、昼休みになつたのでブログをひとつ。
憲法といふ名の文章でしかない 邪敎 日本國憲法 第九条について。結論から申し上げますと、池田内閣までは、内閣法制局が解釈を何度も變更することによつて。この九条を骨抜きにしてきました。そして、與黨も、野當(あの共産黨でさえ)も、米軍撤退及び我が國の自主防衞といふ目標を持つてゐました。
だから、一貫して「集團的自衞權は、保有するけれども行使できないといふ解釈」は變はつてゐないといふのは全くの嘘です。
さて、では、この先人の努力を無にしたのは誰でせうか。
佐藤栄作です。内閣法制局長官は高辻正巳です。
以下に簡單にまとめておきますが、詳しく知りたい方は、名著「『一国平和主義』の錯覚」(樋口恒晴 PHP研究所)をお讀みください。ところがこの本は、今、手に入りにくい状態です。中古で3万円~4万円します。
ということで、この本を加筆修正した單行本が出ました。『「平和」という病』(樋口恒晴 ビジネス社)。
面白いですよ~。樋口先生は安全保障の權威です。
以前、「憲法九条・侵略戦争・東京裁判」(佐藤和男著 原書房)」を紹介しました。この本は、佐藤先生が、命がけで侵略戦争の定義を調査・分析しています。侵略戦争がなんたるかを知りたい人はこれも併せてお読みください。佐藤先生は、國際法の權威です。
今の我が國の憲法学者など、宮澤俊義といふ、敗戰後に我が國を裏切つた敗戰利得者の流れを汲んでゐるので、頭の構造がおかしい人間ばかりです。むしろ、國際法や安全保障の先生の本を讀む必要があります。
憲法九条解釈の変遷
1946年 「一切の軍備を認めない」(吉田茂首相)
1950年 「治安維持の目的なら合憲」(吉田茂首相) ※朝鮮戰爭勃発
1952年 「近代戰爭遂行に役立つ程度の装備・編成戰力に至らざる程度の實力を保持し、これを直接侵略防衞の用に供することは違憲ではない」(吉田茂内閣統一見解) ※近代戰を戰へないからよい
1953年 「侵略戰爭遂行能力」(木村篤太郎保安庁長官)
1954年4月 「確たる一定の定義はない。戰力に至らざる程度においての自衞力は合憲。外部からの不當侵略に對して對処し得る實力舞台、これを軍隊といい、また軍隊といわなくとも一向にさしつかえない」(木村篤太郎保安庁長官) ※戦力とは侵略戰爭ができる實力を持つた軍隊
1954年5月 「自分の國の生存を守るだけの必要な対応手段は、これは勿論許される。即ちその場合は國際紛争解決の手段としての武力行使ではないんであつて、國の生存そのものを守るための武力行使でありますから、それは當然自衞權の發動として許される」(佐藤達夫内閣法制局長官)
1954年12月 「自衞隊は軍隊か。自衞隊は外國からの侵略に對処するといふ任務を有するが、かういふものを軍隊といふならば、自衞隊も軍隊といふことができる。しかしかような實力部隊を持つことは憲法に違反するものではない」(鳩山一郎内閣の政府統一見解)
1955年 (交戰權と自衞行動についての答弁)「交戰權の範囲は、自衞のためにそれを排除するために抗爭するといふことは許される」(林修三内閣法制局長官) ※自衞力の法的限界については、小型なら原子爆弾を持ってもいい(岸内閣當時)。とまで言つてゐます。
1967ねん「他國に對して侵略的脅威を與へない、侵略的脅威を與へるやうなものであつてはならない」(佐藤栄作首相)
でも、このときからなのです。おかしくなったのは。この「他國の脅威になる」がくせもので、戰闘機から爆弾計算機(レーダー)をはずしてしまひました。小型核兵器の保有が合憲といふ立場から180度転換してしまつたのです。
憲法改正論議も佐藤内閣 高辻法制局長官時代から遠のいてしまひました。池田内閣で高度經濟成長を體驗した日本人は、その後骨抜きになり、今の英霊たちに顔合わせができない情けない民族になつてしまひました。佐藤栄作と高辻正巳・・・・・。どこかのスパイだつたの???
この二冊は、ぜひお讀みください。「自分が保守だ」と云つてゐるくせに事實・眞實を追及しない不勉強な人が多すぎます。
以下に簡單にまとめておきますが、詳しく知りたい方は、名著「『一国平和主義』の錯覚」(樋口恒晴 PHP研究所)をお讀みください。ところがこの本は、今、手に入りにくい状態です。中古で3万円~4万円します。
ということで、この本を加筆修正した單行本が出ました。『「平和」という病』(樋口恒晴 ビジネス社)。
面白いですよ~。樋口先生は安全保障の權威です。
以前、「憲法九条・侵略戦争・東京裁判」(佐藤和男著 原書房)」を紹介しました。この本は、佐藤先生が、命がけで侵略戦争の定義を調査・分析しています。侵略戦争がなんたるかを知りたい人はこれも併せてお読みください。佐藤先生は、國際法の權威です。
今の我が國の憲法学者など、宮澤俊義といふ、敗戰後に我が國を裏切つた敗戰利得者の流れを汲んでゐるので、頭の構造がおかしい人間ばかりです。むしろ、國際法や安全保障の先生の本を讀む必要があります。
憲法九条解釈の変遷
1946年 「一切の軍備を認めない」(吉田茂首相)
1950年 「治安維持の目的なら合憲」(吉田茂首相) ※朝鮮戰爭勃発
1952年 「近代戰爭遂行に役立つ程度の装備・編成戰力に至らざる程度の實力を保持し、これを直接侵略防衞の用に供することは違憲ではない」(吉田茂内閣統一見解) ※近代戰を戰へないからよい
1953年 「侵略戰爭遂行能力」(木村篤太郎保安庁長官)
1954年4月 「確たる一定の定義はない。戰力に至らざる程度においての自衞力は合憲。外部からの不當侵略に對して對処し得る實力舞台、これを軍隊といい、また軍隊といわなくとも一向にさしつかえない」(木村篤太郎保安庁長官) ※戦力とは侵略戰爭ができる實力を持つた軍隊
1954年5月 「自分の國の生存を守るだけの必要な対応手段は、これは勿論許される。即ちその場合は國際紛争解決の手段としての武力行使ではないんであつて、國の生存そのものを守るための武力行使でありますから、それは當然自衞權の發動として許される」(佐藤達夫内閣法制局長官)
1954年12月 「自衞隊は軍隊か。自衞隊は外國からの侵略に對処するといふ任務を有するが、かういふものを軍隊といふならば、自衞隊も軍隊といふことができる。しかしかような實力部隊を持つことは憲法に違反するものではない」(鳩山一郎内閣の政府統一見解)
1955年 (交戰權と自衞行動についての答弁)「交戰權の範囲は、自衞のためにそれを排除するために抗爭するといふことは許される」(林修三内閣法制局長官) ※自衞力の法的限界については、小型なら原子爆弾を持ってもいい(岸内閣當時)。とまで言つてゐます。
1967ねん「他國に對して侵略的脅威を與へない、侵略的脅威を與へるやうなものであつてはならない」(佐藤栄作首相)
でも、このときからなのです。おかしくなったのは。この「他國の脅威になる」がくせもので、戰闘機から爆弾計算機(レーダー)をはずしてしまひました。小型核兵器の保有が合憲といふ立場から180度転換してしまつたのです。
憲法改正論議も佐藤内閣 高辻法制局長官時代から遠のいてしまひました。池田内閣で高度經濟成長を體驗した日本人は、その後骨抜きになり、今の英霊たちに顔合わせができない情けない民族になつてしまひました。佐藤栄作と高辻正巳・・・・・。どこかのスパイだつたの???
この二冊は、ぜひお讀みください。「自分が保守だ」と云つてゐるくせに事實・眞實を追及しない不勉強な人が多すぎます。
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