融通(皇紀弐千六百七十六年五月二十二日)

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 普段、何氣なく使つてゐる言葉が實は、佛敎用語だつたといふものを紹介してゐます。

 今日は、「融通」です。
 佛敎では、別々のものが、融け合ひ、通じ合ひ、両者相まつて完全になることを融通と云ひます。融通無碍(ゆうづうむげ)とも云ひます。

 混同して差別がなくなることを「融」と云ひ、通達し障りがなくなることを「通」と云ひます。一切の法を工程して、小執を排除する般若(いきる智慧)を融通淘汰と云ひます。

 もつとわかりやすく云ふと、この世のすべてのものがつながつてゐる、影響し合つてゐるので、不平を云ふより幸せな言葉を使つたはうが、いいんですね。

 幸せを融通し合ひませう。

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このページは、宝徳 健が2016年5月22日 11:33に書いたブログ記事です。

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