和泉式部日記(皇紀弐千六百七十六年九月二十六日)

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 少し前に、「本当はこわいグリム童話」を讀みました。

 カトリック教會主義の恐ろしさが理解できます。カトリック教會主義は、本當に世の中を停滞させました。あの素晴らしかつたローマ帝国を、暗黒の汚れた世界にしてしまひました。

 聖書に書いてあることしか信じてはいけないので、學問が發達しませんでした。

 グリム童話は魔女裁判に近いものが書かれてゐます。シンデレラなんてあのガラスの靴を履くのに、姉たちは、足の一部を切り落としてゐます。白雪姫は、生きるために小人たちに体を捧げてゐます。ラプンチェルなんてエロ本そのもの。ヘンゼルとグレーテルも。何度も書き換えられてそして、日本でも書き換えられて、今は、普通の童話になつてゐます。

 歐州では、女性の地位がとても低いのです。イブはアダムの肋骨から生れました。なのでユダヤ教では、女性は何か、汚い者として扱われます。それでは困ると云ふので、新約聖書でマリアを登場させて女性の地位を「少しだけ」上げました。聖書は、ゾロアスター教の焼き直しです。ゾロアスター教にもマリアのやうな女性が登場します。

 おっと、あまり書くとまた、すごい攻撃を受けますので・・・。

 我が國では・・・。
 古事記において、イザナギ、イザナミが「あなたの軆體と私の軆體は同じだ。でも、ひとつだけ出ているところとへこんでいるところがある」と、國生み神話の時に、説明されてゐます。つまり、男女は軆體の構造だけが違ふのであって、同じなんだと云ふ遺言を私達子孫に残してくれました。

 なので、女性の地位がとても髙かつたのです。ずつと。男女平等なんて思想は、我が國には不要です。ジェンダーフリー??? ばかばかしい。古事記と云ふ祖先の遺言を讀んでゐない、愚か者の國民の發言です。

 我が國では、女性の地位が髙かつたので、女性文學が世界では信じられないぐらいに早く花がさきました。

 萬葉集は、女性どころか、天皇から庶民までみんなが詠んでゐます。歐州では、庶民が詩や小説を作ると、殺されてゐました。貴族だけの特權でしたし、何よりも、庶民は、支配者の所有物だつたのです。公地公民なんて考へ方は、我が國でしかありえませんでした。

 源氏物語しかり。歐州の人間からしたら、なぜ、そのやうな早い時代に女性が小説を書くかなど信じることができません。悔しがる以前に、理解不能なのです。

 落窪物語、和泉式部日記、今昔物語を讀みました。

 亡くなつた母が、姉の子供たちに、古典文學全集を生きている時にプレゼントしました。それを姉が、今度は、私の息子にくれました。次は、甥の子供たちに引き継がれます。命のリレーです。

 早く送つて上げなくてはならないのですが、子供たちではなく、今、私が樂しんでゐます。惡いおっちゃんを許してくれ~。

 あ~あ、學生時代に、もつと、我が國の古典に親しめばよかつた。それにしても、情緒豊かな我が國古典文學。とにかく面白い。日本人に生まれてよかつた。

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このページは、宝徳 健が2016年9月26日 06:17に書いたブログ記事です。

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