昨日、夜の企業訪問に向けて、必死になって資料を作つてゐたら、急にパソコンに文字が打てなくなりました。ひぇ~。ネットで調べた方法でやつてもダメ!幸ひにも、私は、ファイルはすべて64GのUSBに保存しています。それに文字は打てないけど、マウスはOK。上書き保存もできました。
では、電源を一度落とそう・・・・。さて、立ち上げてみるか・・・・。 「修復する必要がある」とかなんとかのメッセージが出まくり。何度やっても同じ。そして、なんどやつても、終はりが「修復できないから専門家のところに持っていけ」とかいふメッセ―ジ。ファイルはいいのですが、販売管理ソフトと会計管理ソフトがインストールされてゐつので、とてつもなく困ります(今度、バックアップ方法を勉強します)。目の前が眞つ暗になりました。あ~あ。
「落ち着け、寳德、落ち着くんだ」。少し、間をおくと、「そうだ、昔、パソコン画面が眞つ暗になつたとき、一度、バッテリーを外して付け直してから立ち上げたら、直つたなあ」。懐古、懐古。
では、電源を一度落とそう・・・・。さて、立ち上げてみるか・・・・。 「修復する必要がある」とかなんとかのメッセージが出まくり。何度やっても同じ。そして、なんどやつても、終はりが「修復できないから専門家のところに持っていけ」とかいふメッセ―ジ。ファイルはいいのですが、販売管理ソフトと会計管理ソフトがインストールされてゐつので、とてつもなく困ります(今度、バックアップ方法を勉強します)。目の前が眞つ暗になりました。あ~あ。
「落ち着け、寳德、落ち着くんだ」。少し、間をおくと、「そうだ、昔、パソコン画面が眞つ暗になつたとき、一度、バッテリーを外して付け直してから立ち上げたら、直つたなあ」。懐古、懐古。
やりました。再度バッテリーを付けました。電源を入れました。
事務所には3台のパソコンがあるので、仕事は大丈夫なのですが、氣になつてしかたがありませんでした。仕事は、からうじて間に合いました。
さういへば、我々の學生時代は、ブックバンドなんて云ふのがあつたなあ。私は、こっぱずかしくて使つたことはありませんが。
両方とも今でも賣つてゐるみたいだけど、使ふ人がいるのかなあ(笑)。
みなさん、もう一度はやらせてみませんか。
今年は、大好きな、大好きな、大好きな 正岡子規の生誕百五十年です。慶應三年(1867年)九月十七日生まれです(太陽暦では十月十四日)。
松山市立子規記念博物館で、特別企画展「子規 漱石 極堂-俳句革新の地 松山」が催されてゐるやうです。行きたいな~、行きたいな~。
いけないだらうなあ。子規の本を讀み返して我慢しておきます。
今日は、新聞がない朝。つまらんな~。彼らの、稚拙さを笑へない日だ~。私が新聞配達少年だつた頃は、一月二日、秋分・春分とあと一日なんだつけ? 年に四日しか新聞少年たちは休めなかつたのです。
柿本人麻呂の歌です。敷島は、大和の枕詞です。みんながきれいな言葉を使ひあふから、美しく幸せな國なのでせうね。日本は。といふ意味です。
言霊奮い立つ、あちこちの辻道で夕占いをした。その夕占いのお告げにはっきりとこう出た。「おまえの愛しく思う娘はきっとお前に靡くだろう」
まあ、こんな艶な世界はもう無縁ですが(笑)。
最近、先日、紹介した、故夜久正雄先生の御著書に凝つてゐます。まあ、奥の深いこと面白いこと。かつての日本人の文章はこんなにも迫力と楽しさを合はせもつものなのですね。ぐいぐいひきつけられ、讀むときに、胸がドキドキします。讀みきつたらまたこのブログで紹介しますね。
けふのブログはこれでをはり。
セーーーーーーーーフ
事務所には3台のパソコンがあるので、仕事は大丈夫なのですが、氣になつてしかたがありませんでした。仕事は、からうじて間に合いました。
さういへば、我々の學生時代は、ブックバンドなんて云ふのがあつたなあ。私は、こっぱずかしくて使つたことはありませんが。
そして、三十代ぐらいのときだらうか。セカンドバックなんてものも流行りました。
両方とも今でも賣つてゐるみたいだけど、使ふ人がいるのかなあ(笑)。
みなさん、もう一度はやらせてみませんか。
今年は、大好きな、大好きな、大好きな 正岡子規の生誕百五十年です。慶應三年(1867年)九月十七日生まれです(太陽暦では十月十四日)。
松山市立子規記念博物館で、特別企画展「子規 漱石 極堂-俳句革新の地 松山」が催されてゐるやうです。行きたいな~、行きたいな~。
いけないだらうなあ。子規の本を讀み返して我慢しておきます。
今日は、新聞がない朝。つまらんな~。彼らの、稚拙さを笑へない日だ~。私が新聞配達少年だつた頃は、一月二日、秋分・春分とあと一日なんだつけ? 年に四日しか新聞少年たちは休めなかつたのです。
敷島の 大和の國は 言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ國ぞ ま幸(さき)くありこそ
柿本人麻呂の歌です。敷島は、大和の枕詞です。みんながきれいな言葉を使ひあふから、美しく幸せな國なのでせうね。日本は。といふ意味です。
言霊の 八十(やそ)の衢(ちまた)に 夕占(ゆふけ)問ふ 正(まさ)に告(の)る妹(いも) はあひ寄らむ
言霊奮い立つ、あちこちの辻道で夕占いをした。その夕占いのお告げにはっきりとこう出た。「おまえの愛しく思う娘はきっとお前に靡くだろう」
まあ、こんな艶な世界はもう無縁ですが(笑)。
最近、先日、紹介した、故夜久正雄先生の御著書に凝つてゐます。まあ、奥の深いこと面白いこと。かつての日本人の文章はこんなにも迫力と楽しさを合はせもつものなのですね。ぐいぐいひきつけられ、讀むときに、胸がドキドキします。讀みきつたらまたこのブログで紹介しますね。
けふのブログはこれでをはり。
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