福岡髙校テニス部日誌 S(皇紀弐千六百七十七年六月二十二日)

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 う~、あいてしまつた。こうなるときついんですよね~。氣持ちが(気持ち的にといふアホな日本語を使う輩が最近増えてきて困ります。そんな日本語はない)。

 シリーズものがどれだけあるか、書きだしました。「和歌と國造り」「源氏物語」「日本語の學習」「統帥參考」「南総里見八犬伝」「命の手紙」「教育勅語」「倭姫」「テニス部日誌」「七十二候」「倭言葉」「戰國策」・・・・・ 間があくとこれらがわからなくなつてしまひます。この週末にかけても自信なし(涙)。

 さて、今囘は野又君。
1月7日(金) 晴れ 野又

ボールの数
 ストロークボール    16こ
 クソボール        52こ
 ニューカン         2かん

練習内容
 1 かる~いボレー(コートが少しぬれていたため)
 2 ストローク(1年)
 3 試合(1年)
   わて6vs1藤   安河内A6vs4寺田  真城3-6安河内B
 4 ペアボレ-(2年)
 5 スマッシュ(1年)

欠席者 2年 埜田さん、前田さん  1年 浅川
早引け 小山

感想 
 この前にひきつづいて試合をとりおこないました。前半日は藤に1-4で負けておりました。ハイ。
今日は1つばんかいしちゃろうと思おてガンララなかったらやはり負けた。しかし、そんなこともうい~んダ。へん(負け惜しみ)

 今日のトピックスとして重大なことがありました。ナッナッナッント最初ブリマワシがある予定がスマッシュにかわったのです。その瞬間、邪悪な先輩の頭の後方から後光がピカッ、マブシ~イ。なんと輝かしい光線があたり一面を真昼のように照らしている(ホンノささいなジャウダン)。

 え~、明日からは3学期です。実力も近い。先輩はチビット勉強すればいいといっていたが、僕はアホにはなりたくな~い。

 最後に、今日は野村さんがいらっしゃいませんでした。故に平和な1日でした。それではこれで

the end

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このページは、宝徳 健が2017年6月22日 21:44に書いたブログ記事です。

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