2017年7月アーカイブ
ろぷろす といふのは、テニス部で飼っていた、えっと、十姉妹だつたかな? 當時、「バビル二世」といふ漫画がはやつていて、バビル二世の三匹のしもべのひとつが怪鳥ロプロスでした。そこからつけられました。zenroとは同期の山口君です。山口君はいつも浅川君に振り回しをしていますね(笑)。
民主党が政権を握ったとき、私はこのブログで「国民はここまで愚かか」といふ記事を書きました。そして、「このままでは日本は潰れてしまふ」と思ひ、「未来日本昔話」をシリーズで書きました。興味のある方は檢索してお讀みください。
その新シリーズを書き始めます。
新シリーズの内容は、明日から。今日は、過去の「未来日本昔話」の記事の第一回目を紹介します(當時の私の浅はかな知識は少し修正してゐます)。平成21年(2009年)12月7日の記事です。内容よりも設定をご理解ください。時は西暦2100年 民主党の愚か政権が續き 我が国は滅亡してしまったと云ふ設定。おばあちゃんと 孫の まさる君(當時10歳)の會話です。 あれから8年。明日から書くシリーズでは、まさる君は18歳になつてゐます。大學生ですね(笑)。
さあ、明日からの新シリーズは、何をテーマにするでしょう(笑)。お楽しみに。
1月 52 ▲10
2月 21 ▲35
3月 41 ▲21
4月 60 0
5月 116 54
6月 63 3
7月 33 ▲23(今のところ)
合計 386 ▲32
今年は苦戦しているな~。 今年目標残が344 残り日数153 1日 平均2.24通 まあ、出来るでせう。
九十歳の父が必死になつて何かを遺さうとしてゐます。しょっちゅう手紙が来ます。このブログに書き残します。
☐昔話
☐海軍の朝から晩まで のつづきです。
これが違うんですね~。朝のディフェンスをしっかりやればいい。あとはスムーズに動きます。仕事をすることや仕事の知識や能力を習得すること以上に、仕事を整える「腦」力が必要です。ディフェンスが亂るのは、遅くまで飲んだ時、遅くまで仕事をしたときです。朝、遅くても3時に起きられればいいのですが。そういふときは、リスクマネジメント。ルーティンな日でないことが予想されるなら、「では」どうするかを決めておけよ。わかってゐるならやれよ。よーし、予定表にリスクマネジメントを書き込むぞ~。
閑話休題。昨日から、七十二候 次候 「土潤溽暑」です。「つちうるほうてむしあつし」と讀みます。熱氣がまとはりつく蒸し暑い頃です。
暑い暑いと天につばはく愚痴をいふ私たちですが、祖先はもつと暑さを樂しんでゐました。
大きな体でパワーに恵まれてゐました。体は少し硬かったけど(笑)。本格的なコーチがいれば、彼は大成してゐたかもしれません。指導者がいない髙校生の限界です。
ピンクレディーの歌の一節が(笑)。
竹内君といふのは英語の先生です。YACHI先輩と云ふのは我々の同期の山口君です。
最初は、蘇秦と張儀の話の続きからですね。蘇秦を怨んでいた張儀ですが、それは、蘇秦のはからいだと知ります。蘇秦は、誰か心を通じる人間を秦に 送りたかったのです。それは合従連合を成功させるためでした。張儀は蘇秦の生きている間は、その恩を徳として、合従連合を切り崩しませんでした。合従連合 に対抗する言葉が連横論です。秦が一対一で各国と付き合うというものですが、張儀は、蘇秦が生きている間は、この連横論を展開しませんでした。
さて、今日から新しいお話です。「息壌(そくじょう)の戦い」です。
この話は、また面白い。君主というものは気まぐれなものです。その気まぐれさをしっかりと押さえた対応が見事です。何日かに分けて掲載します。
つづきです。
□昔話
□海軍の朝から晩まで つづき
まあいいや。
七十二候は 今日まで、大暑 初候 桐始結花です。「きりはじめてはなをむすぶ」と讀みます。
桐が花を咲かせる頃です。盛夏を迎える頃には、卵形の実を結びます。
さて、今囘は、安河内B君。
フェデラー、すごいですねえ。私たちの時代は、マニュアルラケットでした。今のデカラケではありません。デカラケになつてから、テニスが別のスポーツのやうになつてしまひました。確かに迫力はましたけれど、美しくない。だから、テニスの試合を觀なくなりました。
だけど、フェデラーのテニスは美しい。デカラケ全盛の中で、あのプレーの美しさを維持してゐるのはもう言葉にいひつくせない素晴らしさです。特にバックハンド。ほとんどのトッププレイヤーが両手打ちバックハンドを用ひる中、彼だけは片手打ち。それも見事に美しいフォームです。
よいウィンブルドンでした。
松居和代。メディアに出すなよ。
子供の頃から口が達者だつた私は、母からよく「言ひたいことがあつたら、三つ數へてからにしなさい。三つ數へてまだ言いたかつたら云ひなさい」と云はれました。
最近、だいぶん、自分の云ひたいこと(私から發信する「誰が(つまり私)正しいか」を云はなくてもストレスがたまらなくなりました(笑)。
人と話してゐるときに、その人の話が終はつたとたんに「でもな」「けどな」と云ひ返す人がゐます。かういふ人たちは、相手が話してゐるときに、その話をろくに聞きもせず、頭の中で自分勝手に解釈して、もう反論を考へています。なぜわかるかつて? 昔の私がさうだつたからです。
さて、昨日からの続きです。ようやく重い腰をあげた張儀です。
さて、信乃を亡きものにし願わくば銘刀村雨(むらさめ)を手に入れようとする蟇六(ひきろく)と亀篠です。さあ、どんな悪巧みを考えつくのでしょうか。
五・六月に孵化した雛が、巣立ちの準備をする頃です。 獨り立ちができるやう、飛び方を覺へ、獲物の捕り方を覺へ、「獨り」といふことを一から學びます。
世界で象形文字(表意文字)を維持してゐるのは我が日本だけではないでせうか? 支那は、完全に字を崩してゐますし、朝鮮など、あれが字なのかわからないほどです。表音文字で育つと、感情的になりやすくなります。それは、支那人、朝鮮人、歐米人を見るとわかりますよね。だから小學校から英語など、とても恐ろしいことなのです。
漢字には「字源」があります。それを體系化したのが白川静先生です。2冊持ってゐますが、本を開くととてもワクワクします。
學習の「習」も象形文字です。
九十歳になる親父がくれる手紙を紹介してゐます。
□昔ばなしh
□海軍の朝から晩まで
のつづきです。
我が母校 福岡髙校はラグビーの名門校です。先輩には、あの有名な新日鐵釜石の森さんもゐます。私たちの時代には、全國大會出場回數が花園出場が秋田工業髙校についで二番目でした。
男子制服の襟章はラグビーボールです。當然、冬の體育の時間はラグビー。冬のクラスマッチはラグビー。腦震盪續出です(笑)。今やつたら、大問題になりますね。
現在、ジャパンの日本代表に 福岡くんがいます。福岡髙校出軆です。福岡髙校の福岡君。
我がテニス部でもよくやりました。この日は、1年對2年をやつてゐますね。1年がトライをしたら終了。しなければ延々と續くといふものです(笑)。無茶ばかりしてゐました。
ちなみに、なぜ、トライといふかご存知ですか? 昔は、トライをしても點は入りませんでした。トライをするとゴールキックをする權利が得られるだけだつたのです。ゴールキックに「トライアル」するから「トライ」です。
さて、日誌に戻ります。
ルイスの轉換點といふ言葉があります。
「ぎょうらしい」とは、博多辯で「おおげさ、けばけばしい、うっとおしい」」です。船津とは、先生の名前です。私は直接習つたことがありませんのでよく知りません。
光「ああ、残念、しかしまたいつかお会いできるだろう」
なんと、この時の光源氏の豫感は、後に實現します。
さて、桐壺院の健康が惡化してゐます。朱雀帝が見舞いに訪れました。
さて、楚と斉の同盟を崩そうと、張儀が楚に向かいます。商於の土地を譲るという条件で、楚王に斉と手を切るように依頼します。楚王は、商於の土地 が手に入ると大喜びです。「策士と策士」の続きです。
私は宗像郡に住んでゐたので、山笠とは直接關係がありませんでした。びつくりしたのは、山笠期間中になると、生徒が休むんです(笑)。それを學校も公欠にします。
同級生もたくさん出てゐます。グループラインも山笠一色! 元氣をもらえます。
さて、今囘は、安河内A君です。
「いっちょん」は「まったく」の意味です。
それと安河内君も書いてゐますが、「踏み込んでうってすぐもどる」ことがテニスの大切なコツです。まず、ボールが來たら、來た方の足を踏み出す。つまり、右利きなら、フォアに来たら右足を横にして踏み出します。これで、左足から出すときと2~3歩違います。そして、打ったらすぐに戻る。これが出來れば、そこいらの人には勝てます。
だいたい、「すめらみこと」と「すめらぎ」の違ひもわからない池上彰ごときが何を云ふ。「シラス」もしらない池上彰ごときが何を云ふ。
マクロ經濟は絶對に必要です。マクロを知らずして、投資のセミナーとか株のセミナー何ていふミクロを勉強しても、何の役にも立ちません。
さて、今囘、上念司が上梓したのは・・・。
今日は「策士と策士」です。昨日まで張儀と陳軫の話をしましたね。二人は政敵です。二人の争いは、張儀が宰相に登用されてケリがつきました。陳軫 は結局、楚に出奔しました。やがて、楚と秦の間に紛糾が生じ、二人は作を戦わせます。
領内を巡視している陣代が蟇六(ひきろく)の家に宿泊し、浜路に目をつけたところまででした。
目的:(テニスの名門でありながらそれまで低迷していた)福髙テニス部の傳統と誇りを取り戻す
目標:そのためには最低インターハイに出場する(この目標が間違つてゐました。インターハイで優勝するとしないと。これが監督もコーチもいない髙校生だけのチームの限界です)。
手段:だから、どんな苦しい練習もやる。どんなに練習でつらくても試合で負ける苦しさよりはまし。
純粋だつたなあ。 でも、明るいテニス部だつたんですよ。この日誌をご覧いただければわかりますよね。
蓮がゆっくりと蕾をほどき、花を咲かす頃です。 水底から茎を伸ばし、水面に葉を浮かべ、綺麗な花を咲かせる蓮ですが、花が開いてから四日目には散つてしまひます。
愛知県の彌冨あたりは蓮の名所です。それはそれはきれいです。
ところで、如来は、蓮に座つてゐますよね?
そして、我が社の創立記念日です。平成十三年七月十日設立。
去年は、なんて書いていたかなあ。ああ、亡くなったときのことだ。ブログ書く時間が今、あまりないので、コピペしておきます。
前囘から「誘いに乗る女は妻にはできぬ」です。
今は、七十二候 夏至 末候 半夏生です。「はんげしょう」と讀みます。
半夏(からすびじゃく)が生える頃です。半夏生の名をもつ草の葉が白く染まる頃です。農事の節目ともされており、田植えを終わらせる頃です。
今年の半夏生は七月二日。七月二日はタコの日でもあるさうです。
民主主義とは恐ろしい。この制度が本當によい制度なのだらうか。國民主權とは、國家を転覆してよい權利です。基本的人權の基本思想は、人を殺してよい權利です。平和主義とは、自分だけが平和なら他の人間はどうでもよいといふ主義です。だから、十四歳の女の子が拉致されても、森友ほどの騒ぎになりません。この三つを柱としている邪教 日本國憲法のなんと恐ろしいことか。
小池さんが、代表を辞任しました。これを詐欺と云ひます。もともと、地方自治では、首長が代表をやるなど、基本的理念とあひません。それをメディアは誰も批判しませんでした。曲学阿世の徒と云ひます。
さて、久しぶりのスタートは、寺田君です。昭和五十二年です。私たちがインターハイに行つた年です。
倉富とは、英語の倉富先生です。呼び捨てするなよ(笑)。關係ない話ばかりで授業が全く進みませんでした。