今回は、「蛇足」です。昔、中学の国語の教科書に載っていましたよね。
犬塚信乃、犬飼現八、犬田小文吾、そして、助け出された額蔵こと、犬川荘助の四犬士が百数十人の兵隊に取り囲まれて万事休すの状態になったところまででした。
仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
斉の国のエピソードを紹介しています。優勢な楚軍が南から斉に迫ってきています。今戦っては不利です。遊説の士・陳軫(ちんしん)が使者の役目を
買って楚におもむきます。彼は舌先ひとつで侵攻をやめさせようとします。まさに外交の冥利です。高校の教科書に載っていましたよね。
額蔵が刑場に引きずり出され磔台にかけられたところまででした。
仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
昨夜は明石に泊まりました。グリーンヒルホテル。今まで明石近辺で泊まったなかで最もレベルが髙いホテルでした。接客も抜群です。
でも、産經新聞が賣つてない・・・。しかたがないから、久しぶりに日經を讀みました。相変わらず「お前は何様だ」と云ひたくなるぐらいの上から目線の「春秋(1面左下)」。何を云ひたいのかさつぱりわからない社説。つまらくて 大機小機までいきませんでした。3分で讀むのやめ~。
先週末は小浜にいました。臺風。最初は避難準備で市役所の車が回りながらスピーカーで放送。避難準備? 何をすればいいの? 次に避難勧告。 っで、どうすればいいの? つひに 避難指示。 何のことかさっぱりわかりません。
今日から、七十二候 霜降(そうこう) 次候 霎時施です。「こさめときどきふる」と讀みます。
霜降とは、寒さが増していき、北國や山里に霜が降る頃です。
霎時施は、ぱらぱらと通り雨のやうに雨が降りはじめる頃です。雨が降つたかと思へば、すぐに青空が顔を出します。初時雨は、人々や動物たちが冬支度をはじめる合圖だといはれてゐます。
どんな季節も樂しんでいた私たちの祖先の智慧には敬服します。
書く前にちょっと解説を。宣王について。威王の子供です。斉の王です。国都 臨淄(りんし)の禝(しょく)に広大な屋敷をつくり、諸国から人材を
招きました。「史記」によると、王は全国の有名な説客76人に屋敷を与えて、直接国政にはあたらせずに、学問上の討論だけをさせました。禝は、学問の盛ん
な地になりました。この学問のメッカには孟子も訪れたそうです。
行徳のはずれでごろつきどもに襲われて、これを撃退したものの、四歳の孫、犬江親兵衛を黒雲にさらわれてしまったところまででした。
仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
今囘は、ツバメ返しこと 寺田君です。
なつかしい番組が紹介されてゐます。修猷館とは福岡縣NO.1の進學校。テニス部には末松くんといふ強い人がゐました。ああ、バレンタインデーが近いのですね(笑)。
今は、七十二候 寒露 末候 「蟋蟀在戸」です。「きりぎりすとにあり」と讀みます。
蟋蟀が戸口でなく頃です。この候の蟋蟀は、夏から冬にかけて見られ、鈴のような音色を響かせるツヅレサセコオロギだと言われています。ギーッチョンと機織りのやうに鳴く蟋蟀ではありません。
残念!昨日の皇后陛下の御誕生日にブログを書きませんでした。
今上天皇陛下と皇后陛下がご婚約されたのは、私が生まれた昭和三十三年です。
ですから、私は、そのシーンを観てゐません。でも、物心ついたとき、皇后陛下の美しさに感動しました。
あのお振舞ひ、あの氣髙さ。まさに國母です。今上天皇陛下・皇后陛下のことを考へると涙が出てきます。
皇后陛下、一日遅れですが、お誕生日おめでたうございます。いつまでも私たちの國母でいらしてください。私も赤子としての役割を果たすために力を盡します。
今日から新しい内容です。
「お母さんは日本の國の世話になっていない」正是の帰国第一声は「苦労したよ」
今回は、小山君。英語の小山先生の息子さんです。
古賀コートのお馬の親子とは、顧問の斎藤先生と娘の直子さんです。直子さんは、インターハイシングルス出場者です(2年のときから)。齋藤先生には、テニスを教えてもらつたことはありません(笑)。直子さんに古賀コート(隣にある病院のコート)でつきっきりの指導です。
直子さん、きれいな人だつたなあ。あこがれてゐました。
「呂不韋の先物買い」の続きです。秦の始皇帝の父(荘襄王:この当時は子楚)が趙に人質となっているとき、呂不韋が子楚を担ぎ出そうとします。続きです。陽泉君は、呂不韋に別室で話を聞かせてほしいといいます。呂不韋は話し始めます。
信乃と小文吾が捕えようとした間者は、伏姫ゆかりの、伏姫が生んだ八つの玉を捜しているヽ大法師とその従者でした。
仁
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
あー、欲しい欲しい欲しい。絶版中の本です。A.V.ダイシー 憲法序説
ごめんなさい。パラダイムシフトは週末から復活します。あれを一番書かなくてはならないのに~。
今囘は、小田君です。部長も監督もいない(に等しい)私たちが獨力で、インターハイに行つた昭和五十二年です。
続きです。斉の宰相、鄒忌(すうき)は妻と妾と客に、斉きっての美男子、徐公よりも男前だといわれます。そして、それは自分を身びいき、こわい、とりいろうとする、心からのものだったとし、威王に提言します。
信乃と小文吾が間者と思われる男達を捕えにいこうとしたところまででした。
仁
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
九十歳の親父が手紙をどんどん送ってきます。今日も來てゐました。ブログが追いつきません(笑)。つづきです。
☐宝徳 卓の思い出 つづき
房八の身を捨てた行動により信乃に薬をつくることができました。
仁
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
明日まで、二十四節氣 寒露です。夜が長くなり露が冷たく感じられる頃です。昨日、今日と暑いですがね(笑)。
七十二候は、鴻雁來です。「こうがんきたる」と讀みます。
ツバメと入れ違いに雁が北から渡ってくる頃です。雁は日本で冬を過ごし、暖かい春になるとシベリアの方へ帰つていきます。毎年、初めに訪れる雁を「初雁(はつかり)」と呼びます。
息子が小さいときに、川や池に鴨がゐると、「〇〇、あれおいしいんだぞ~」と教えました。
おつと、全囘、岡村君の日誌を書きました。次のページを見ると、なんと{第二部}とな。ややこしいことすんなよ。2月8日のつづきです。
なんか政治家も官僚も不勉強すぎますね。今は、司法試驗に合格しても、帝國憲法を學ばないので、憲法と憲法典の違ひがわからない人間ばかり。立憲民主党ですつて(笑)。何を吉本のコメントをしてゐるのでせう。
憲法とは、國柄、歴史、文化、文明など、その國の在り方を示すものです。憲法典とは、その憲法を文章で表現したものです。といふことになると、今の 憲法と云ふ名の文章でしかない 邪教 日本國憲法といふ憲法典は、憲法違反そのものなのです。13歳の女の子が拉致されても、助けに行かなくていい憲法なのです。
今の政治家と官僚は、「憲法典条文主義」。環境權を加へろ(公明党)だの、原発ゼロを憲法に(希望の党)だの、産經新聞の國民の憲法だの(國民の憲法を作ってどうするの?! 作るのは國家の憲法でせう)、自民党憲法草案もダメ。讀賣のも。
憲法と云ふ觀點から云へば、集團・個別かかはりなく、自衛権は當然有してゐますし、めぐみちゃんを救いに行くことだって、敵基地攻撃能力を保有することだつてできます。憲法と憲法典の違ひをよく知つて騙されないやうにしませう。
そして、我が國の統治者は、天皇陛下です。帝國憲法に「主權」などといふ言葉は一言もありません。「ほうら、歐米のみなさん、私たちは、主權なんて云ふ言葉なんてなくても立派に國を運営できるのですよ」といふ、明治人たちの歐米への挑戦です。
それと、天皇制と云ふことばは、共産主義者の言葉です。共産主義者は各國の政府を武力で潰して金持ちを殺しまくれば人類が幸せになると本氣で思つてゐるやつらです。そしてそんな奴らと未だに付き合ってゐるのが立憲民主党です。
だから、立憲民主党と共産党は日本人の選択肢にはありません。よくあんな政党に投票するよ。
小文吾の妹のぬいが離縁されて帰ってきました。そこに亭主の房八が来て、信乃を差し出せというところまででした。
仁
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
明朝はブログを書けないと思いますので、今日、書きます。
今囘岡村君。原文はかなり字が亂れてゐます。電車の中で書いて、なおかつ、安河内信二が邪魔をしてゐるやうです。
寝不足つていいですね。仕事して、合間に本を讀んで。それにしても素晴らしい本が上梓されてゐます。
光源氏と朧月夜が逢瀬を重ねてゐます。ある日、朧月夜は體調が惡くなつてしいまひました。それでも光源氏は、朧月夜のもとを訪ねます。その密會の最中、嵐が來ました。嵐がやんだところで、朧月夜の父、そして、光源氏の政敵 右大臣が朧月夜のところに來ます。
前回までの話には、あるエピソードがあり ます。今回は、それを書きます。有名な言葉に「奇貨、居くべし」というものがあります。
信乃を引き渡すように言われて途方にくれている小文吾のところに、修験者、妹、その子とお姑さんが帰ってきました。
仁
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵
礼
智
忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
今囘は、藤くんです。彼は今、どこかの校長になつてゐるとか。
この日は何かあつたのかな?