お別れの言葉(皇紀弐千六百七十七年十二月二十九日 七)

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 平成二十二年(2010年)二月二十二日のこのブログでこんなことを書いてゐます。

昨日、ふとある文章を思い出して、「小さな人生論」の①~④の中から探しました。それがなかなか見つからないのです。結局、①~④をもう一度読むことになりました。最初は見つからないからイライラしましたが、「あ~、神様が、最近、あなたは心学的なものへの触れ方が少ないから、そのチャンスをあげるわ」と導いてくださっているんだなあと考えて、じっくり読みました。いいですねぇ。心が洗われます。

 探していたお別れの言葉は、吉田歩未ちゃんという六歳の女の子が書いたものです。素晴らしい幼稚園の園長先生がいました。園長先生は、幼児に古典や歴史などを教えていたのです。その園長先生が亡くなった時、歩未ちゃんが、お葬式で自らが書いた「お別れの言葉」を読みました。掲載します。
 

「園長先生、歩未の声が聞こえますか。

 二歳十ヶ月の時、丹養塾幼稚園に入園してから、漢字、算盤、諺、俳句、花園文庫、伝記、少年日本史朗誦選集など、園長先生には沢山の事を教へて頂きました。毎日一所懸命勉強して南宋の文天祥(ぶんてんしょう)の正氣歌(せいきのうた)を暗唱できるやうになった時も、算盤の大会でトロフィーを貰って来た時も、園長先生はとても喜んで褒めて下さいました。

 それから園長先生は色々な所に連れて行って下さいました。北海道巡歴研修でクラーク博士の像の前で「青年と大志」を朗誦した事、青森駅のデパートの軒先で野宿をした事、北陸巡歴研修で、永平寺で座禪をした事、橋本佐内の前で啓發録を読んだ事、沢山の楽しい思ひ出があります。他にも、親子教室甲山の遠足、運動会、お餅搗き、立志集、卒園式、小音楽会、桃太郎の劇など園長先生に教へて頂いた素晴らしい思ひ出が沢山出来ました。

 これから園長先生は天国へ行って、私達の事を見守って下さい。私達は、園長先生に教へて頂いた事をいつまでも忘れずに深くさぐって強く引き出す人になります。天から受けたものを天にむくゆる人になります。そして、この世に役立つ人になります。園長先生、ありがとうございました。

平成十五年十一月二十三日    園児代表 吉田 歩未」


 これが六歳の女の子の詩です。私は、これを初めて読んだときに頭をハンマーで殴られた気がしました。自分のバカさ加減にあきれてしまいました。古典による鍛錬を経ていない自分を恥じました。その後、本格的に古典を勉強し始めました。しかしながら、未だに、自分のことを押し付けるだけで、六歳の歩未ちゃんの詩にある「深くさぐって強く引き出す」ことができていません。


 イギリスの歴史学者アーノルド・トインビーの言葉があります。「一つの国が滅びるのは戦争によってではない。天変地異でもなければ、経済的破綻によってでもない。国民の道徳心が失われた時、その国は滅びる」


 だとすれば、「学ぶ」ということを、知識偏重ではなく、何千年経っても風化しない古典を中心とした、生き方を学ぶ、「道徳」を私達大人から学んでいく必要があります。戦後の誤った教育から早く脱却しないと。民主党の支持母体である日教組が、これ以上、日本の教育をでたらめにしないうちに。日本がつぶれないうちに。

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このページは、宝徳 健が2017年12月29日 05:39に書いたブログ記事です。

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