明治天皇のお后は? 美子(はるこ)さま で、昭憲皇太后です。
昭和天皇のお后は、良子(ながこ)妃。香淳皇后です。宮中一の美女とうたはれた方です。
七人の皇子・皇女をもうけられました。
まあ、このぐらいは覺へておきませう。
明治天皇は、親王であられた昭和天皇に「裕仁」と名と「迪宮 みちのみや」の稱號を與へられました。天皇家直径は「仁」がつくんですね~。「人」が「二人」。つまり、獨善的に陥るなと。
裕仁といふ字は「益德之裕也(益は德の裕なり)」といふ易經の言葉です。迪宮の「迪」は、書經の「惠迪吉從逆凶(迪(みち)に惠(したが)へば吉にして、逆に從へば凶なり」です。
最近、今上天皇陛下の譲位が決まました。たくさんの人が、「平成の次は何がいいかねえ」と話し合ってゐます。おかしくて吹き出しさうです。私たちの古典のレベルで、わかるわけがありません。
昔の親は教養がありました。親と言っても子供が生まれるのは二十代前半です(昔は結婚が早かった)。私の母方の伯父は、「舜一」で伯母(朝鮮からの引揚の途中病で亡くなりましたが)は「堯子(たかこ)」です。支那で理想とされてゐる王の名前です。初代と二代です。
小學校から英語などと云ふおよそ國家破壊の所業をやつてゐるから、人間から知識も喜職も、胆職も奪ってしまひます。情けない。
私ももう一度學びなおさないと。
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