福岡髙校テニス部日誌 S(皇紀弐千六百七十八年一月二十五日 四)

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 これが終はつたらあと一つ書いて、次は、ホームページのブログに一つでも書きます。ブログは私の最大の精神安定剤です。

 おつと風呂にはいつてきます。早く入らないとかみさんがうるさい。・・・・・あがりました。せて、つづき。

 今囘も、森くんです。面白い。第一囘西日本選抜大會です(現全国選抜大會)です。下級生は試合がない時は補助要員で狩り出されます。この大會で、私たちはベスト8で終はつてしまひました。これは私の完全なマネジメントミスです。決勝までいけてゐました。シングル:寳德、中垣、ダブルス:埜田・山口組はそのぐらい力がありました。
3月20日  森周司

感想
 おれが何故2日つづけてかかないかんのや。理由その1.宝徳さんが僕にぃってくれなかった。宝徳さんのnot kindなことがよくわかった。くそ~~~(うそです。合宿がこわい)。理由その2.おれがだしわすれた。理由1と2をはかりにかけたらちびっと1が重かった(じょうだんです)。とにかくしかたがない。

 今日はおもしろかった。まず真じめにいえば、スバラシイの一語につきた。宝徳さんは試合にでてないものも何かをつかむようにいわれたが、一日目でぼくが感じたことは、うまいやつはどこにでもいるということだ。というより、ぼくがうまいと思うことがこの大会ではふつうだということだった。僕のこれからの発奮材料になると思う。

 しかし、それにしても補助要員はきつい。無茶苦茶でござりますがな。Why?

 because それ2年はスコアボーイでよかろうばってん一年は審判させられて1試合ごとに身を切られる思いがして(岡村は少しやつれたみたいだった)しているのに。but最後に時々変わってもらった。(だれにでも良心があるのです)。しかし日当が500円とは何事じゃ。労働基準法に反するぞ。そりゃ、ぼくたち元3組(そう、元という字がつくようになったのです)は肉体労働者としてきたえられているけどヤッコの九州女や藤(my wife?)のようなひわいなやつにはきつかっただろう。

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このページは、宝徳 健が2018年1月24日 21:12に書いたブログ記事です。

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