人治主義の悲劇(皇紀弐壱〇〇〇六百七十八年二月五日)

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 毛沢東時代、文化大革命と云ふ歐州の宗教戰爭に匹敵する愚かなことがありました。その前にも支那はやってゐます。大躍進政策といふものを。毛沢東が。

 日本や歐米に追いつくことを目的に、一氣に工業化を推し進めやうとしました。共産主義者と云ふのは經濟が人爲的にコントロールできると勘違いしてゐます。經濟(特にマクロ)の掟には誰も逆らへないことは歴史が証明してゐます(それをうまく使うことが大切)。

  まあ、毛沢東の場合、經濟の掟などといふレベルの髙いものではありませんが。
 なんと、鐡を増産しやうとして、人民から、鍬や鋤を拠出させ、それを鉄鋼にさせたのです。するとどうでせう。田畑を耕すことができなくなります。人民は飢えました。俗に1億人が死んだとも云はれてゐます。その失敗で失脚しさうになつた毛沢東が權力奪取のためにやつたのがこれまた目も當てられない文化大革命です。

 毛沢東になろうとしている習近平が同じ過ちを繰り返してゐます。支那の空氣がひどいのはPM2.0などでご存じのとおりですが、それを習近平が是正しようと、石炭を燃やすのを制限させました。すると、LPガスが暴騰です。庶民は、暖房を炊くことができなくなりました。

 この寒い冬に・・・。今度はいったい何人の命を奪うのやら。あるお母さんの言。「子供が寒いと云ふ。私にしてあげられるのはセーターを着せてあげることだけ。」

 私は、ちやうど2月に支那大陸に一か月ほど個人旅行で行ったことがあります。昭和58年(1983年)ですから、35年前。今より、もつと支那が未開の地だつたころです。日本人では想像が出来ない寒さです。

 支配者が好きなことをやるのを「人治主義」と云ひます。我が國でもさうですよね。旧民主党時代。今の立憲民主党。

 我が國は、法治國家ですよね。

 支配者の勝手で國民を殺してはいけません。

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このページは、宝徳 健が2018年2月 5日 08:52に書いたブログ記事です。

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