このブログから明日のルーティンです。
九十一歳になる父が自分の人生を手紙で遺そうとしてゐます。私は忘れないようにブログに遺してゐます。
ハンモックナンバーのことが書かれてゐます。海軍は、これでつぶれました。
九十一歳になる父が自分の人生を手紙で遺そうとしてゐます。私は忘れないようにブログに遺してゐます。
ハンモックナンバーのことが書かれてゐます。海軍は、これでつぶれました。
海軍は妙なところで、学科試験の成績で入隊後の役割(地位?)が決まることだ。宝徳佳男は1番(毎度スミマセン)だったらしく、海軍のことはなにもわからないボクの苦労が始まることになる。入隊後1週間は、分隊長附を命ぜられ、豫科練習生として同期生をまとめる力があるかを観察された。本人はそのような課程を踏んでいることとは知らなかった。宝徳はめでたく松山海軍航空隊第23分隊の練習生200名の組長を仰せつかった。
分隊は、陸軍の中隊相当で、分隊長は大尉。海軍はダイイと濁る。
分隊の甲板練習生などの役付練習生は分隊長が任命するが組長(宝徳)は航空隊司令(大佐)が任命するという格付けがある。 つづく
分隊は、陸軍の中隊相当で、分隊長は大尉。海軍はダイイと濁る。
分隊の甲板練習生などの役付練習生は分隊長が任命するが組長(宝徳)は航空隊司令(大佐)が任命するという格付けがある。 つづく
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