つれづれなるまに(皇紀弐千六百七十八年五月五日 六)

| コメント(0) | トラックバック(0)
 五月三日は、邪教 日本国憲法「典」 のことを知る日でした。

 倉山満氏などほんの一部の憲法學者を除いて、我が國には憲法學者はいません。いるのは憲法「典」學者です。

 憲法と憲法典の違ひは、これまで繰り返し述べてまいりましたので、今日は割愛します。

 まつたく恥ずかしい日ですね!!!

 昨日の九州出張のつづきです。次に津屋崎にある東郷神社に行きました。東郷平八郎元帥をお祀りしてゐます。
地図
















 クライアントの社長と宮司さんが知り合いで、たくさんいろいろなものをいただきました(笑)。

 さあ、次回は、いよいよ。ご馳走です。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/7588

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2018年5月 4日 21:06に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「源氏物語 再17(皇紀弐千六百七十八年五月五日 五)」です。

次のブログ記事は「つれづれなるままに(皇紀弐千六百七十八年五月五日 七)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。