政治家よ憲法を知れ(皇紀弐千六百七十八年六月四日 參)

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 このブログで何度も書いてゐますが、憲法とは、歴史・文明・文化・国柄等々です。それを文章化したものを憲法「典」と云ひます。だから、いまの邪教 日本國憲法典は憲法ではないのです。憲法ではない憲法典を憲法と呼んで、憲政の常道だの、立憲主義だのと言っても仕方がないどころか、盗人が作った法律を無理やり押し付けられてゐるだけです。このままでは、かつての素晴らしい我が國に戻ることなどできません。

 大日本國憲法の内容がどうのこうのではなく、あの未曽有の國難に、明治の先達がどんな思ひで国造りをしたかを知らなければそんなの政治家ではないし、そんな政治家を選ぶ國民は我が國には不要です。どうして小西を選ぶのか、どうして枝野を選ぶのか。どうして辻元や福島を選ぶのか・・・。私には理解不能です。いろいろな考へ方があつていい? 考へ方ではないのです。國を破壊する狂氣なのです。

國體を破壊する狂氣に對抗する力

それが保守です。國體を破壊する=憲法違反なんです。

橿原の 宮のおきてに もとづきて わが日本(ひのもと)の 國をたもたむ


 明治大帝の御製です。

 外國文化が流入し大変革を余儀なくされた時代にあっても、時流に流されず近代國家の構築と云ふ大偉業をなされました。

 「我が國は神の後裔である」。明治元年。五箇条の御誓文は、神にお誓いすることで公布されました。

 我が國近代化の始まりは、その根底に敬神の念があつたことを私たちは忘れてはなりません。

 何ですか、今の國會は。

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このページは、宝徳 健が2018年6月 3日 16:08に書いたブログ記事です。

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