Tennis Diary この本に自己の発掘をせよ 7(皇紀弐千六百七十八年六月十三日 弐)

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 そうだ。中學三年生の時、友達と勉強會を始めたところからでしたね。




 こんな街です。三池炭鉱から遠賀川で石炭を運ぶ最終地。川筋ものだらけで氣が荒い。ボートレースがあるから利權がたくさん。隣はごんだくれの若松。町長はやくざの子分といふとんでもない街でした(今は知らない)。先日、中學校から、「還暦同窓會」の案内のハガキが・・・・。どうしやうかなあ。

 航空自衛隊芦屋基地もあります。さうだ。ここに忍び込んだこともあります。近々、それも書かないと。

 さて、中學の勉強會はとても樂しくやりました。みんな、意欲的に勉強をして成績がぐんぐんあがりました(全員志望校に合格 私以外は)。今だから言いますが、この成績があがったとき、秦がものすごく嫌な顔をしたのを覺へてゐます。「寳德、お前いらんことするな」と云ひたげに。こんなのが教師をやつてゐたのですよ。ひどいものです。

 さて、私は、ウーちゃんと呼ばれてゐた少年と仲が良く、そして、彼が大好きでした。どうしてゐるのかなあ。次囘は彼のことを書きますね。

 さて、日誌。硬式テニスの初心者が、よく云ひますよね(笑)。赤面します。でも、これでいい。今の私にはこの意思に欠けてゐる。このイメージ力に欠けている。この思ひ込みを失ってゐる。


 9/14

 テニスができないことがこんなにも苦しいことだとは思わなかった。自分の技ひとつひとつに自信がなくなってきた。インターハイをみたときの感動、ウィンブルドン決勝を観た時のあの身ぶるいを忘れないようにしなければならない。まあ、それにしてもオレはテニスを愛しすぎている。テニス抜きではオレのせいかつは考えられない。早くはやく高校受験がおわってほしい。合格で・・・。

 そして命をかけてテニスをしたい。一つでも多くの知識と技術を身につけより大きく大きくなり、だれでもいい、テニスを教えたい。テニスがしたいなあ。

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このページは、宝徳 健が2018年6月13日 04:49に書いたブログ記事です。

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