BCPは組織開発 3(皇紀弐千六百七十八年七月二十九日)

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 敗戰後の誤った教育により、リーダー教育が否定されたことは前囘述べました。マネジメントだけうまい官僚的な優秀な行政官のような人間は大企業を始め組織にはゴロゴロゐます。マネジメントを否定はしてゐません。リーダーシップに基づかないマネジメントは意味がないことを申し上げてゐます。

 そしてもうひとつ。有事と平時は違ふといふこと。平時にどんなに正しいことでも、有事には完全に誤りであることが多いのです。だから、有事を想定した平時の行動でやらないと有事では全員死んでしまひます。でも、優秀な行政官たちは有事でも平時のマネジメントをやろうとします。

 我が海軍(もうごまかしをしたくたいので海上自衛隊のことをこれからはこう呼びます)の特殊部隊「特別警備隊」を創設した伊藤祐靖氏が、特別警備隊と有事の訓練をしていゐた時の話です。
 「なぜ、こう行動しないのか」と伊藤氏が隊員に問いました。隊員は云ひました「それは禁じられてゐます」。「お前死にたいのか」「人を殺したいのか」。

 まあ、我が國の有事法制がでたらめなので平時では仕方がない話なのですが、この隊員は、マネジメント上手な優秀な行政官です。でも、有事では、部下を殺すでせう。兵士と言ふのは、有事の際も出来るだけ死の確立を低くできる上官に仕へたいと考へます。當たり前のことですよね。なら、平時の訓練もそうあるべきなのです。

 だから、BCP(事業継続計画)は、リーダーづくり、つまり、組織開発なのです。

 先日、中國地方の被災地の病院の話が新聞に載つてゐました。「透析の水が足りない」と。恐らく防災訓練で透析の水の保管場所などは確認してゐたのでせう。でも、これではだめなんです。有事の際に、何日間で患者の透析の確保するかといふ

RTO(目標復旧時間)

が設定もされてゐない病院など怖くて入院できたものではありません。地域クリニックと災害指定病院との連携も大切になるでせう。

 つまり、この病院は

病院BCP

が全くできていないのです。

 防災訓練は訓練は平時にやるものです。BCPは有事想定の平時プログラムです。そのための組織開発です。

 ちなみに、日露戰爭勝利の我が國の英雄の一人に明石元二郎(あかしがんじろう)といふ将校がゐます。彼が居なかったら、我が國の勝利は覺束なかったでせう。でも、彼が今の我が國社會にもし、いたら、つまはじきものです。つまり、優秀な行政官を育成する教育を受けた今の私達では、日露戰爭に勝利できないことになります。ロシアに蹂躙され、男は殺され女は犯される社會を構築してゐます。

 例へば、秋山好古。彼も日露戰爭勝利の立役者です。彼が居なかったら奉天會戦の仁啓は崩されてゐたでせう。彼は、進軍の際に酒を飲んでいたさうです。これも今の社會では許されません。つまり、我々は國家の存亡と云ふことを考へてゐない、平時の活動をしてゐるのです。

 だから、國會があのやうなていたらくです。もっとも、枝野、辻元、蓮舫、福島などなどは、支那や過激派から我が國を崩せと云ふ指令を受けて金をもらってゐるのでせうから、我が國がおかしくなればなるほど、褒められるのでせうが。

 それを支持するマスゴミと國民がゐるのがなさけない。

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このページは、宝徳 健が2018年7月29日 07:57に書いたブログ記事です。

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