Tennis Diary 一つずつ不可能を可能に 4(皇紀弐千六百七十八年八月六日 七)

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 四魂の弐番目の 「CON」は 「Control」です。

 テニスは速いサービス、強いストローク、切れのあるスマッシュやボレーを持っているだけでは勝てません(どの武道やスポーツでもそうですが)。

 「自分をコントロールする」ことと「そのコントロールを元に相手との間合いを詰める」ことです。

 これが言葉では簡單ですが・・・。まあ、極意です。宮本武蔵の五輪の書でも、このことが中心ですね。

 おつと、医師に呼ばれました。今日のブログはこれで打ち止め。生意気な十七歳の私の言葉で締めます。少しビビってますね(笑)。
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 負けるのが とてつもなく こわい。 どうしようもない。自分の力に自信をもつほど 負けるのがこわくなる。 みんなオレのことを テニス部のホープとか NO.1だとかいう。なぜ、オレをそんなにおいつめるのだろうか。もちろんこんな面を外に少しでもだしてはならない。そんなことをしたら自分が一度にくずれおちてします。オレは負けない。決して負けない。
 いいか、負けない方法はただひとつ。強くなることだ。それも限りなく。
《テニス》
 今日は調子が悪いというとき。練習中は調子をとりもどすことを考えるべき。
 しかし、試合は、1本、1本を心を込めてうたねばならぬ。1本1本ちがうのだ。次の1本はすばらしい球がうてるかもしれない。コートの中にあるのは球と自分とコートの広さとネットの高さonlyである。球の心をよみとり球が一番行きたがっているコースへ球をおくる。つまり球に命をあたえてやるのだ。

 生ものをつく神といっしょではないか。テニスは素晴らしい。

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このページは、宝徳 健が2018年8月 7日 10:02に書いたブログ記事です。

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