私たちは、普通に、紫式部の源氏物語や清少納言の枕草子などなど、多岐にわたる平安時代の女性文學を學びまう。何の疑ひもなく。これがどれだけすごいことかを知らないままに。
歐州(當時アメリカはなかった)は、當時、ダークエイジです。まあ、我が國の縄文か弥生に毛がはえたやうな生活をしてゐました。それから先に時代が進んでも、詩や小説を王侯貴族以外の者や、ましてや女性が書こうものなら、躊躇なく殺されてゐました。
その証拠に「灯台へ」「ダロウェイ夫人」で知られる女性作家のバージニア・ウルフ(1882~19421 江戸時代です)も、源氏物語を讀んだ時に、驚くが隠せませんでした。
ウルフ「『カッコウがうるさく鳴いてゐる』といふ粗野な叫び聲そのままの幼稚な詩を作っていた時代に、地球の向こう側では、レディ・ムラサキが男女の恋の心理を繊細に描いていた・・・・」
源氏物語は、世界文學の、いえ、世界の歴史の奇跡なのです。それを日本人が知らない(涙)。
つづきです。
まあ、十一帖は、たいした内容ではないのです。紫式部はにくいですね。かうやつて、なんで、紫式部は十一帖を書いたのだらう? どんな意味があるのか? と、後世の人間に挑戦してゐます。私は、あと、十囘ぐらい源氏物語を讀まないとわからないでせう。
まあ、麗景殿女御(れいけんでんのにょうご)のところに行くときに、途中でふと、前に抱いた女性を思い出してお供に観に行かせたり、麗景殿女御のところを訪ねた後、妹のところに行ったら、その妹が出来た女で、うらみつらみを云ふでもなく、こまやかな氣づかいをしてくれたり・・・・・・。
さて、いよいよ 第十二帖 須磨です。
源氏物語を讀むと、長いので、この須磨あたりで讀むのを忘れてしまふ人が多いさうです。だから、三日坊主など、途中で物事を辞めることを須磨源氏といふさうです。
でも、源氏物語はここからが面白い。
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