一身獨立して一國獨立す
國を支へて國を頼らず
慶應機塾大學に入學したときに、學問のすすめや福翁自傳などをむさぼるやうに讀みました。
そのときに、この二つの言葉に出逢ひました。出光興産㈱に入社する前に出逢つた、出光興産㈱第二の定款
眞に働く姿を顕現し國家社會に示唆を與へる
と同じく、我が身が震えを覺へました。
随分と惱みました。「俺はこの偉大なる明治人たちのやうになれるのだらうか」と。
しばらくして、半分開き直りました。「なれなくてもいいや、目指さう」と。
福翁 つまり、 福澤諭吉先生の語りをまとめたものが福翁百話。これを少しずつ紹介してまいります。わたしの仕事人生はあと二十年です。何度も何度もこの未熟な精神を鍛へ直さないといけません。
超譯です。現代語で。あへて、現代的假名遣ひで書きます。
まずは、福澤先生のまえがきから。
慶応義塾を卒業しても學問のすすめも福翁自傳も讀まない人間ばかりです。なげかはしい。
福翁百話 助言
開国四十年来、わが国の文明は大いに進歩したが、文明の本来の姿は単に有形の物にとどまるものではない。国民全体の知徳もまたこれにともなって無形の間に進歩し変化して、はじめて立国の根本を堅固にすることができるのである。私は元来客を迎えることが好きで、交際範囲がとても広い。話のついでにこの文明の問題に論及したことが何百回となるか分からないが、客が帰れば一時の雑談である。気にも留めずにいたが、それではと思いつき、去年暇を見つけて筆を執り、かつて人に語った話を記憶のままに、あれこれと取り集めて文に綴り、その文が積もり積もって百題となった。そこでこれを福翁百話と名づけて時事新報に掲載することに決め、本年三月一日より続々これを紙上に公開する。ただし原稿の校正にも多少の時を費やすので、まず一週間に二、三回ずつのつもりである。読者が、この漫筆を見て私のささやかな志を知り、無形の知徳で人生を円滑に過ごし、一身一家の独立が一国の基礎となるまでになれば望外の幸せである
明治二十九年二月十五日 福澤諭吉 記
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