私が中小企業診斷士試験のために勉強してゐるとき、企業統治がテーマで強く上がつてゐました。「企業は株主のものである」です。出光興産で育つた私は、この考へ方に強く反發しました。まあ、試験對應として、模試や本番の試験ではそれを書きましたが。この考へ方はおかしいとずつと思つてきました。
経営者、從業員、取引先(仕入れ先・売り先)・地域社會などと共生しながら經營していくのが我が國の傳統です。文化です。文明です。このやうな歐米の考へかたでは我が國が壊れてしまひます。
大學時代に經濟學を學んだときに、歐米の人間は「働くことが惡」で、勞働とは、自分の大切な餘暇を、切り売りしてゐるとありました。腰が抜けるほど驚きました。
我が國で「働く」とは「はた(周り)」を「らく(樂に)」することです。
日米構造改革協議などで、我が國はとんでもない制度がたくさんできました。その結果が、こんかいのゴーン事件の一環です。
産經新聞 偏執委員の田村秀男氏によると、日産本體の國内シェアは先細りましたが、利益剰余金(株主資本の中心)は十年間で2.2兆圓 1.8倍に増えたさうです。でも、従業員の平均給与は23%増です。 ところが株主資本至上主義の經營者は、當然のごとく、髙額の報酬をとります。
メガバンクは、國内で儲けた金のほとんどを海外に回します。バンカー不在で企業を生長させて儲けると言ふことができなくなつた銀行は、株主資本最大化のために利益のポートフォリオを海外に求めます。最惡ですね。
アベノミクスの恩恵で、どんどん企業の利益剩餘金が増えてゐます。でも、それを國内に投資しないために、GDP(あがってはいるものの)の増加に寄与してゐません。これが企業ですか? せっかく日本に育ったのに、あの野蛮な歐米人と同じことをしてゐます。だからアベノミクスが十二分に効果を發揮しないのです(かなりの効果は或るものの)
敗戰後の、日本の商社マンの言葉です。「俺たちは會社のために働いてゐるのではない。日本の外貨を増やすために働いてゐるのだ」。侍です。
働き方改革? それも、いいでせう。 でも、我が國がなぜ、壊れたかを考へてください。明治時代といふ武士の時代が壊れたからです。侍づくりの教育を復活させないと、この世界で唯一歴史が連続した人間社會の奇跡の國 日本が壊れていきます。
歐米は、奪い合つた足りなくする國。だから、すぐに人の利益を奪いに來ます。そんなことがベースにある株主資本至上主義が我が國に合ふはずがありません。
我が國は、
分け合つて餘らせてきた國
です。
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