仲賈人の話がつづきます。右手を失つた若者の話です。
ちなみに、イスラムの世界では、現在でも左手は不淨とされます。食事は右手、用便の始末は左手です。間違えて握手の時に(自分が左利きだからと)左手を出したり食事の時に左手で食べたりすると大變なことになります。
その若者はカイロの商人でした。ある日、立派な身なりをした婦人が店先に立ちました。婦人は、そつとヴェールをあげました。黑い仁美、その面差し。若者は、もうくらくらしてしまひました。
婦人は初めての取引なのに、信用取引を申し出ます。若者はあまりの婦人の美しさに心を奪われ、應じてしまひます。
それからは、もう婦人に心を奪われ夜も眠れません。
數日後、夫人は、ふたたち若者の店にあらはれ、代金を祓つてから云ひました。
「どうか私の家に遊びに来てください」
若者は、もうたまりません。一張羅の服を着て、香料をふりかけて、夜が来るのをまつて女の館に行きました。
館は筆舌に尽くしがたい豪華さです(割愛)。
豪華なご馳走のあとは、めくるめく快楽の夜。二人は夜を徹して抱き合ひました。
「今度はいつお会いできるのですか?」
「今夜にでも」
「お待ちしてゐます」
律儀な若者は、ご馳走になってばかりでは申し訳ないと多額の金子をベッドの下において歸りました。
つづく
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