私の事務所に、亡母が 甥(姉の子)が産まれたときにプレゼントをした日本文学全集がニ十冊ぐらいあります。甥が大きくなって、それを私の息子が引き継ぎました。家にしばらくあつたのですが、なんせすごいボリュームなので、かみさんが捨てると・・・!
私は、小學校から大學まで、あまり勉強をする人間ではありませんでした。特に古典は好きになれませんでした。そうですよね、今の學校は、勉強を嫌いにさせる場所です(特に歴史と古典)。
なので、このときに「ああ、自分で讀みたいなあ」と思い事務所に持ってきました。
竹取物語は面白い。清少納言のあのお転婆ぶりと双璧をなします。
先日、横浜から帰阪するときに、新幹線からとても素敵な富士山が觀えました。
私は、小學校三年生の二學期から五年生まるまる、静岡県駿東郡裾野町(現 裾野市)で過ごしました。當時は、空氣も澄んでゐて、なんとまあ、美しい富士山を毎日毎日すぐそこで仰ぎ觀ることができました。
でも、この角度からは觀たことがありませんでした。出張でしばしば東京を往復していた時も。
ちやうど、東京方面から丹那トンネルを抜けたあたりだと記憶してゐます。窓の外を觀ると、「えっ?!」と。こんな富士山を觀たの初めて!!!
おいおい、竹取物語はどこにいったんだよ(笑)。
では、竹取物語を讀んだ時に知った 富士山の話を。
美しく成長した かぐやひめに 何人もの男が求婚します。 帝もその一人でした。
でも、月に帰らなければならない かぐや姫は、帝に史を送ります。
今はとて 天の羽衣 着るおりぞ 君をあはれと 思ひいでける
「今は、これまでと天の羽衣を着ます。まさにこの時にしみじみとあなたさまを愛おしく思つております」
そして、かぐやひめは、帝に不死の藥の壺と文を渡し、振り返ることなく、天にのぼります。
かぐやひめから文と壺を受け取った帝は、
あふことも なみだに浮かぶ 我が身には 死なぬ藥も なににかはせむ
と詠みます。
「もう逢ふこともなく、悲しいの涙に浮かび漂ふだけの我が身には、不死の藥などなんの役にたしませうか?」
帝は従者を召して、この歌に藥の壺を添へて「駿河の國にある天に一番近い山に持って行って燃やせと」と命じます。
だからわが國の心神(富士山)といふ名前がついたのです。
古語の文法などまつたくわかりませんが、古典は楽しいですね(笑)。 をはり
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