超訳 江崎道朗(皇紀千六百八十年 令和弐年四月十九日 五)

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 TVドラマや映画を観ていると、どんな素晴らしい作品でも、占領軍(GHQ)のWGIFP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 敗戦前の日本は全てが悪かった)のプロパガンダ戦略に洗脳されている日本人が多いことがわかります。

 「最後の早慶戦」という映画がありました。慶應義塾の稀代の名塾長 小泉信三を演じた石坂浩二さんが素晴らしかった。しかし、実際にはあった、野球の慶早戦終了後の両校全員(学生も教師も)の「海ゆかば合唱」シーンがありませんでした。涙が出ました。悲しくて。史実を曲げて何が楽しいんだろう?こんな失礼なことを英霊たちにして何も思わないんだろうか?


 NHKの朝ドラでもそうです。出征シーンになるとなんか、我が国が悪いような描き方になります。村上もとかさんの漫画は大好きですが、やはり同じ。一方的に特高などが悪く描かれています。支那やロシアやアメリカ以外、誰でも戦争なんてやりたくありません。死にたくありません。だけど、当時の我が国日本人には、それを凌駕する精神がありました。この奇跡の国を次代に残さないといけないという。

 それは、モスクワ・コミンテルンの存在を知らないからなのです。平和ボケです。

 さて1919年にコミンテルンだ出来ました。第三インターナショナルです。
 我が国に外事課が創設されました。内務省(警察行政全般も管轄)警保局に。コミンテルンの対日工作や国際共産主義運動に対峙するために。

 江崎氏のこの本に書かれている表現を借りれば「当時の共産主義・コミンテルンのスパイ達は、現在で言うとテロリストのような存在であった」。

 このように、我が国の外事警察、情報が発展した背景には、国際共産主義運動の脅威がありました。コミンテルンや国際共産主義運動の話を抜きに、我が国のインテリジェンスの歩みは理解できません。


 高校の時、日本史の先生が言いました。「教科書に書いてある『治安維持法改正のことろを治安維持法改悪に書き直せ』と」。私は猛反発しました(いずれ書きます。まだこの頃は高校生レベルでは
正しい歴史認識の知識は得るのは至難の技であった)。

 こんな勉強を子供が好きなる訳がありません。だって、自分の國を嫌いになれという教育です。

 今がうらやましいなあ(笑)。負けないけど。

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このページは、宝徳 健が2020年4月19日 08:10に書いたブログ記事です。

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