私の履歴書 19(皇紀弐千六百八十一年 令和參年一月弐日)

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 私は、芦屋町では最初正門町というところに住みました(二か所すんだんですが最初は)。

 正門町の家の近くにに神社がありました。いつもその灯篭の所で、灯篭の土台にボールをぶつけて一人野球をやっていました。灯篭の土台なので、凸凹していますから、練習にはちょうどいい。あるとき、ぶつけたボールが横にある藪に入って行ってしまいました。かなりボーボーの藪でした。

 藪を分けて、ボールを探しているとこの塔に出逢いました。

神武天皇聖蹟崗水門顕彰碑
 びっくりしました。「なして、神武天皇が、こげんとこにおらっしゃると?」。

 まだ、神武天皇と芦屋町の関係を知りませんでした。

 このころの神武天皇者はまだ藪とこの塔しかありませんでした。かろうじて参道はあったかな。

 今ではこんな立派な神社になっているとか(笑)。航空慈雨自衛隊芦屋基地と芦屋地小学校の中間ぐらいです。

石鳥居この鳥居はあったなかあ。

境内境内


社殿社殿

本殿

 芦屋町は、岡湊神社も神武天皇のゆかりの地です。次回紹介しますね。

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このページは、宝徳 健が2021年1月 2日 08:01に書いたブログ記事です。

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