源氏物語の「人」の軸は、桐壺-藤壺-紫の上であることは、繰り返し紹介してきました。そして、帖の軸は前回書いた「帚木 ははきぎ」と、今後見ていく「夢の浮橋(源氏物語最後の巻 五十四帖)」です。
紫式部は憎いですね~。こういう作家は今あまりいませんね。あの膨大な長編を最初からイメージして書いていたのかしら。この仕掛けを。
帚木とは、遠くからは見えるが近づいてみると見えなくなってしまうという不思議な木と言われています。
前に紹介した四辻善成が指摘したように、歴史上実在した醍醐天皇を桐壺帝になぞれらえ、これも実在した源高明を光源氏になぞらえています。真実であり、そして、架空の作り話。この微妙な匙加減。大きく把握すれば真実の物語であり、微細に分析すれば虚構。これが天才紫式部が描いた源氏物語です。まさに帚木ですね。これがスタートです。
そして、締めが夢の浮橋。源氏物語の人々のさまざまな人生が、すべて「夢」の中の戯れでしかありません。この二つの帖が源氏物語全体の構造をカバーしています。
では、宗祇は、雨夜の品定めを具体的にどのように読んだのでしょうか。次回・・・
本文です。第十九帖 薄雲の四つ目のポイントです。
梅壺。六条御息所の娘であり、光源氏がずっと関心を抱いてもました。冷泉帝の前の朱雀院もこの姫君が好きでした。
光源氏は、それを知りながら、あえて冷泉帝に入内させました。
昔の恋人で会った六条御息所が亡くなるときに、後見人を頼まれた光源氏でしたが、同時に、「手を出すなよ」をくぎを刺されています。それを知っている梅壺は、光源氏のアプローチも無視をします。
さて、次の帖に移ります。
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