福岡県立福岡高等学校(福髙)では、入学したら次の日(?)から1週間、体育館に閉じ込められて校歌や応援歌(いっぱいある)の練習を、応援指導部の基、全員でやります。少しでも声が小さいと「声が小さい!」という応援指導部の人間の怒鳴り声が聞こえてきます。さぼれるなんで雰囲気ではありません。それでみんな福髙が大好きになります。
閑話休題。とにかく私はインターハイに行くためにテニスばかりしていました。
一年生のテニス部の思い出はあまりありませんが、三年生が引退してからは私たち一年生が二年生を追い抜き、二年生がみんな辞めていきます。三人遺りましたがやりにくかったと思います。
二年生はやりにくかったと思います。最後に残ったのがキャプテンの小原さん。結局この方も試合に出ることはありませんでした。でも、最後までクラブに残る姿はとても尊敬に値します。
(親友の篠崎洋三君撮影)
今はなき、マニュアルラケットです。デカラケの今のテニスと私たちがやっていたテニスは別物です。
やる気は満々ですが、金銭的にはおそまつなクラブでした。ウェアは、先輩たちが部室に置いていったカビだらけのもの。本格的にテニスをやると、ラケットはすぐにおれます。なじみにテニスショップかわの で、付けで分割払い。シューズもそうです。学校からの年間予算は12万円。ボール1年分にもならないから部費を1千円ずつみんなからもらっていました。
でも、楽しいクラブ。日誌(後輩・私)のこと、ランニング週間のことなどまた書いていきますね。
今、検索したら まだあるんですね。テニスショップかわの。誰がやっているんだろう。なつかしいなあ。今度、言ってみよう。
有効な画像がなかったのが残念です。
コメントする