2.成功要因②
池田勇人は日銀を抑え込んだのです。日銀は金融緩和大反対の官僚たちです。池田勇人と小渕恵三以来、故安倍晋三元首相(以下、安倍晋三)が黒田さんを日銀操作に送り込むまで、日銀は金融緩和(お金を刷ること)に反対しました。
池田勇人の時代も同じです。日銀は「利上げをすれば勝ち、利下げをすれば負け」という価値しかない愚か者の集まりです。自分たちは物価の番人とのたまっていますが、デフレで物価が下がっても知らんぷりです。日本銀行は國家経済・國民生活がどうなろうが、金利を上げたがるのです。なぜかって? 謎です。これを「日銀理論」と言います。なので、一度総裁が決まったら総理大臣でも解任できない日銀法改正は我國の喫緊の課題です。日銀は「銀行の銀行」で、金利さえ上げておけば銀行は原価割れしません。こういうのを殿様商売と言います。
池田勇人の時代も日銀は金利を上げたかったのです。そして、池田勇人にも何度も利上げ要請がありました。日銀は「独立を認めるように法改正をしろ」と池田勇人に言いましたが、池田勇人は一蹴します。日銀がもっているのは「金融政策の独立」であって「日銀の独立」ではありません。メディアはこれについても間違っています。「日銀は独立している(今の日銀法はそういう悪法になっているが)」と主張します。池田勇人は日銀から恨まれます。
池田勇人は、安倍晋三が黒田総裁を送り込んだように、山際正道を日銀に送り込みました。池田勇人の大蔵省時代の同期です。「日本銀行百年史」では、悪魔のように描かれています。
山際総裁の後に池田勇人が送り込んだのは宇佐美総裁です。三菱銀行出身です。つまり、日銀の子会社から総裁が出されたのです。日銀の完敗です。日銀にとっては、腹わたが煮えくり返る出来事です。
つまり、総理大臣が景気をよくし、長期政権を築きたければ、日銀を抑え込んでまともな政策をやらせることが重要なのです。
コメントする