昭和親爺の独り言3(皇紀弐千六百八十四年令和六年(2024年)十月十日)3

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 昭和三十九年(1964年)に、東京オリンピックが開幕しました。私はまだ6歳でしたが、TV画面で活躍する日本人の勇姿を胸をドキドキして見ていました。体操日本、三宅の重量挙げ、レスリング、円谷のマラソンなどなど。柔道で神永さんがオランダのヘーシンクに負けた時は、TVの前でわんわん泣いていました。

 うちはまた貧しかったのに、母が、子供達に見せてやりたいと白黒TVを買ってくれました。きっとやりくりしてゲップで買ったのでしょう。

 その東京オリンピック開幕の日が十月十日の「体育の日」だったのです。それを國会議員たちが、勝手にスポーツの日と改名して、休日にくっつけてしまいました。なので、十月十日に昭和三十九年(1964年)に、東京オリンピックが開催されたということを知らない人が多くなりました。國会議員はいらんことせずに、当時の政治を学べ。

 東海道新幹線がその年の十月一日。東名高速道路は前の年の四月二十五日。

 名神高速道路が六年前の七月十六日。

 故 池田勇人元総理も、所得倍増計画によって、日本はどんどん発展してきました。まだまだ貧しかったのですが、みんな増えていく所得に生き生きと働いていました(それが気にならい共産主義左翼は騒いでいましたが)。

 勝手に帰るなよ。記念すべき日を。

歴史を学ばずになんども同じ失敗を繰り返す人

が増えているのだよ。どんな職業に就くかはその人の判断です。
でも、歴史を学ばないのは大罪です。歴史を学ばない民族は長い時間をかけて淘汰されます。我國に、陛下がいらっしゃるので世界で唯一歴史が連続した人間社会の奇跡の国になれたのですね。
感謝しかありません。

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このページは、宝徳 健が2024年10月10日 06:40に書いたブログ記事です。

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