西宮市政百年⑪:廣田神社(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)一月二十五日)

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  西宮市の「西宮」という地名のいわれは、諸説ありますが私の知っていることも書きます。地名の由来となったのは廣田神社です。創建は、なんと201年!!! 神功皇后(本当は神宮天皇)は、三韓征伐から帰国する際に、沖合で船がぐるぐる回りだし、先に進めなくなりました。その時、神功皇后が天照大神のお告げを受けました。神功皇后は若い時からそういう能力があったと言われています。

 

 戦の先鋒(せんぽう)を担った天照大神の荒魂(あらたま)を廣田の地に祀りました。広田神社以外でも、兵庫県伊ある生田神社、長田神社、住吉大社は、その天照大神のお告げお生まれになった場所に創建されました。

 

 京都より、そして、伊勢神宮より、西にあることから西宮と呼ばれていると言われています。我が國の歴史において、神功皇后の功績は英雄ですね。

 

 ご長くなるので覧いただかなくても結構ですが、次のブログに神功皇后のことを書きますね。ちなみに偉人とは、偉大なる仕事をされた方、英雄とは、國を救った人です。

 

 ねっ、西宮市の歴史は、我が国の歴史と切っても切り離せないでしょう?

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このページは、宝徳 健が2025年1月25日 08:24に書いたブログ記事です。

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