日本大国化の世界平和2:竹島の真実(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)三月七日金曜日)2

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   我が国が大国化するとどう世界平和が築けるか(パーソナル・エンパワーメント:課題解決のために具体的行動を決定する)の前に、今の日本の現状認識(マインドフルネス:自分の立ち位置を知る)をします。 

  昭和二十五年(1950年)に朝鮮戦争が始まりました。ソビエト連邦(以下、ソ連)の傀儡政権 金日成(きんにちせい)は、スターリンの許可をもらって6月25日未明に38度戦を超えて攻めてきました。

 時の韓国大統領李承晩は逃げに逃げて釜山に行きました。北朝鮮軍は李承晩を海に叩き落とそうと目論みました。米軍も最初は何をしていいかわかりませんでした。これを救ったのは朝鮮半島に残っていた旧帝国陸軍の兵たちです。見事に仁川逆上陸を成功させ形勢は逆転します。その後、米軍は鴨緑江(おうりょくこう)まで押し戻しますが、ソ連はその場で手を引きます。今度出てきたのは支那軍です。彼らは督戦隊というのがいます。味方の後ろに控えている銃撃手が突撃から逃げてくる自軍兵を撃ち殺します。

 なので、支那のものすごい人海戦術対米軍になります。普段は偉そうにしていますが、いざとなったらビビリィのマッカーサーはこの時、この人海戦術を恐れてトルーマンに原爆使用の許可を得ようとします。そんなことをしたら米国と毛沢東の全面戦争になるのでマッカーサーは解任のきっかけをつくっただけでした。

 この時、李承晩はさっさと端役に回りました。暇になった李承晩は「李承晩ライン」を引いて、こっち側は韓国の領土であると宣言しました。日本漁船を拿捕しまくります。漁船員44人を殺し、役4,000人を拉致しました。狭い牢ひとつに二十人も詰め込んで虐待します。死人も出ました。李承晩は漁船員の釈放を求めて日本と交渉します。在日韓国人殺人犯など472人の犯罪者釈放させた上で日本の永住権を日本に飲ませました

 戦争はよその国に任せ、自分たちは裏舞台で身勝手な国益追求をやるという白村江、日清戦争、日露戦争と同じ逃避をやりました。

 いまだに竹島は韓国の不法占拠が続いています。この時はまだ敗戦間近だったので仕方がないところもあったのでしょう。でも、今、同じ様なことをまた韓国や他の国がおこしたら

あなたが総理大臣ならどう判断しますか???

 同朋が蹂躙されているのを日本国憲法「典」の「自分が平和だったらそれでいいという似非平和主義」で黙って見ていますか? それとも、同朋を救えと軍(自衛隊)に救出出動命令を出しますか(防衛出動)?それともメディアに報道規制を敷いて国民には黙ったままにしますか? それとも戦争は嫌だと同朋を見殺しにすることを国民に訴えますか?

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このページは、宝徳 健が2025年3月 7日 09:36に書いたブログ記事です。

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