差別と区別 平等の罠(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)三月十日月曜日)2

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 男と女を比べると「日本では」絶対に女性の方が優秀です。それは歴史的に女性の活躍の場がたくさんあったからです。国連の何とか委員会が、日本は女性差別をしていとのたまいますが、あれは、欧米の僻み(ひがみ)です。彼女たちは、太古から、差別を受け続けてきました。

 欧米の宗教は、女にモテない男たちが作ったものです。だから筆舌に尽くしがたいほど女性を差別してきました。近年になってそれに反発している欧米の女性たちが叫んでいるだけです。本と比べるなど、議論にも値しません。小さい時、「ウーマン・リブ」という言葉が出てきた時は、笑ってしまいました。

 日本では一千年以上の昔から女性が小説を書き和歌を詠みました。欧米や支那やロシアで千年前にこんなことをやったら、その女性は殺されていました。

 日本の皇室が女性差別だといいますが、日本の皇室は女性なら誰でも皇室の一員になれますが、男性は絶対になれません。3000年間、男性が皇室になったことはありません。もし、不要な男を皇室に入れたら世界で唯一歴史が連続した人間社会の奇跡に国 日本は実現していなかったでしょう。

 皇后になった女性も素晴らしい事跡を「遺」されています。明治天皇の皇后 昭憲皇太后んの「Empress Shoken Fund(エンプレス・ショーケン・ファンド)は、あまりにも有名ですし、貞明皇后の大正天皇のサポーと、皇太后陛下(上皇后などという言葉は日本にはない)の上皇陛下をサポートした姿などには感動するばかりではなく、この方々がいなかったら失われていた日本の歴史も女性の姿もあります。

 雅子皇后も、今上陛下をよく見ていらっしゃる。

 欧米の女性よ僻むな僻むな笑。

 社会や一般家庭でもそうです。日本女性特有の活躍があります。

 男女は差別されてはいけませんが区別が必要です。でないと天がなぜ女性と男性を作ったかがわからなくなります。古事記にも男女の違いは体の構造だけだとはっきり書いてあります。

  LGBT? 好きな人がやりなよ。否定はしませんが、マイノリティがマジョリティになろうとすると世の中がおかしくなるのは事実です。戦後國時代には日本はLBGT大国でした。武将同士もLGBTをやっていました。でも、日本人は本音と建前を使い分けるのがとても上手だっただけです。マイノリティをマジョリティにしようとはしませんでした。

 日本女性は優秀なので、すぐにその優秀さを発揮することができます。では、男は?
  男の唯一の使命は「女性と子供(自分よりも弱い人)」を守ることです。

  ただ、男は情けないので「あなたは男でしょう」と育て、試練にぶち込まないと、本当情けない「大人」に成り下がってしまいます。飲む打つ買うに走ったり、暴力に走ったりします。またはメソメソ男になります(この可能性が一番高い)。

  私の母は、とても優しい人なのですが、喧嘩で負けて帰ってくると小さい時から「お母さんは、そんな弱い子を産んだ覚えはありません。もう一度やってきなさい」と外に出されました。だから、どんなにボコボコに顔を腫らして帰ってきても絶対に喧嘩で負けたとは言いませんでしたし、母も聞きません(心配だったと思いますが)。中学生の時、母は、何度も学校に私のことで呼び出されていました。でも、なんで呼び出されたかは私には話しませんでした(本当に悪いことなら容赦がなかったのだと思いますが、先生の言うことは母の許容範囲だったのでしょう笑)。日本男児として恥ずかしいことをしたら激怒していました。

 親戚の人たちは「おかあさんは、健ちゃん(私)には厳しかったねえ」と言いますが、それは外にいる時の母の私に対する威厳であって、普段は信じられないぐらい優しい母でした。

 姉に男の子が生まれた時、母が姉に言いました。「男の子はね、その日のうちに生きて帰ってくればそれでいいのよ」と。私はそれを知りませんでした。母の法要の時に、姉から聞きました。「あんた、どんだけママ(姉と妹はこの呼び方)に心配かけたかわかっとんね!!!」と言われました。今でも言われます。でも、(姉も甥をそうして育てたじゃないか)と心の中で言います笑。甥は確かに逞しく育っています。

 繰り返し述べますが。中学の時は筆舌に尽くしがたい不良中学でした。毎日、恐怖リスクの連続でした。でも、それはなんとか乗り越えてきました(ベースとなる喧嘩の強さがある程度ないとだめですが)。

 高校は、校訓がこれです。


 つまり硬派にならんかい!です。

 校歌は素晴らしく日本の歴史を歌っているのですが、応援歌は「十万夷狄の血に超えし」「咆哮する時虎を撃つ」とか男の強さを歌っています。すごく自主的でおおらかな学校なのですが、男にこれを求めています。進学校ですよ笑。

 慶應義塾に進んだら福澤諭吉先生が「一身独立して一国独立す」「国(政府ではありません)を支えて国を頼らず」「実学の精神」と喧嘩を売ってきます。

 なので、私は、中学・高校・大学を通して、喧嘩を売ることはしません(これだけ高いレベルだとできない)が、「常に自分を鍛えるために喧嘩を買う」くせがついてきました。

 極め付けが、出光興産株式会社です。創業者 出光佐三店主が「真に働く姿を顕現し国家社会に示唆を与える」という喧嘩を社員に売っています。つまり「国家社会に示唆を与えるレベルでないと出光で仕事したことにはならない」です。凄まじいですよね。私は独立してまだこの喧嘩を買い切っていません。あと四十年できちんとこの喧嘩を買える男になります。

 閑話休題。ですが、今は「女が男に女を求める」時代になりました。男がいなくても日本女性は立派にやっていくでしょうが、それでは、男が育ちません。男は、女性と子供を守り、そして、そのために仕事で力をつ稼ぐ力をつけるようにはなりません。

 「喧嘩をしてはいけません」と教えるようになりました。すると「喧嘩と暴力」の違いが女性も男性もわからなくなり結局は、先を見通さない男のミッションわからない男が増え、暴力やおかしな事件が蔓延ります。女性の皆さん、男を真の男に育ててください。あなたたちのその素晴らしい才能を活かして。

情けなし 男の使命を 果たさない 喧嘩も女も 知らない男

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このページは、宝徳 健が2025年3月10日 06:14に書いたブログ記事です。

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