東日本大震災2:BCP(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)三月十二日水曜日)3

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  私はBCPの専門家でもあるので、東北大震災のあと、東北地方、特に、宮城県南三陸町と仙台、岩手県石巻には計三回情報収集に行きました。

 最初に行ったのは南三陸町です。言った途端びっくりしました。何もないのです。案内してくださった方が「宝徳さん、こうなったら自分の家の場所もわからないですし、なじみの街なのにどこになにがあるかわからないのです。普段だったらここに郵便局があるからそれを左に曲がるととかここに小学校があるからここを右にながるととか思うのですが、目印がないことはこれほどとは思いませんでした。」とおっしゃいました。

 こうもおっしゃいました。「最近海岸に明らかに日本人ではない人間が屯しているのです。その人たちが帰った後は海辺の女性の薬指がないんです。指輪をとって行っているんです」

 とにかく衝撃でした。街がただの平地になっているのです。BCPもへったくれもありません。これは個人やここ企業でなんとかなる話ではないのです。もちろん住民や企業の力は必要ですが、県や政府が本格的にBCPの策定に乗り出さないといけません。

 企業にはBCPの策定をうるさくいう公的機関ですが公的機関こそ、BCPが一番遅れているということでしょう。

 次に岩手県の石巻に行きました。ここはM社の幹部たちと被災地ど真ん中にあるK社に訪問しました。あのくじらのタンクが流れていた街です。悲惨な思いをされているのかなあと思って行ったらなんだか明るいんです。「税金をどうやって支払おうかと思っています」とも。

 つまり、インフラが強かったこの会社は、他社の施設が潰れるためお客が全部集まってくるのです。

 ただ、最大の問題点は瓦礫です。これが積み重なっていると車で移動できないので、最も強い武器は「自転車」だったと。それと、儲かっていると今まで見たことがない人間たちが、うろうろ集まってくることです。金融機関が機能しない時期なので、強盗しようとしているそうです。役員さんたちは会社に泊まり込んだそうです。それとエネルギーを扱っている会社なので、残れば強かったのです。

 つまり、ここの会社は偶然被災をある程度免れましたが、BCPをしっかりと作っている会社は強いことを示しています。

 最後の仙台市です。これは一年後ぐらいに行きました。一年も経っているのに海岸ベリは平地でまだ造成もしていました。

 石破が防災庁などと屋上屋を架すような決定をしています。そんなことより政府はBCPを作ってRTO(目標復旧時間)を策定しろよ。官僚は一度作った利権は話ません。防災庁もそうなると断言しておきます。利権作りをするなよ。

 古きより 虐殺なしでも 災害が 起こる我が国 これへの備へ

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このページは、宝徳 健が2025年3月12日 07:42に書いたブログ記事です。

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